富士の麓便り

ずっと前に本栖湖キャンプ場で何度も会った犬がいた。
黒くて大きい犬で自由に歩き回っていた。
人に慣れていて、でも何かを欲しがるというわけじゃなく
興味のある者に近付き、しばらく行動を共にし
またふらりと離れて行ってしまう。

ビールを飲むつれあいのすぐ隣でその犬がくつろいでいるのを見ると
犬の顔はつれあいの顔よりも大きい。
しかし恐怖を感じさせないくらいその犬はもの静かだった。
私達は「クロード」と勝手に名前をつけて呼んでいた。

別の日にカヌーを湖に浮かべて
少し離れた岸（レークサイドキャンプ場）にあがると「彼」がいた。
しばらく一緒にいたが、私達が「バイバイ」と言って別れ
またカヌーに乗りもとの浜に戻ってくると
そこでもまた「彼」が先回りして待っていて笑ったこともある。

夏に浩庵キャンプ場で会った時は
数人の子ども達に「クロ」「クロ」と追いかけ回され大人気だった。
「彼」はちょっと迷惑そうに
道ではない斜面を降りて行き子どもたちから離れた。

キャンプ場の人から「彼」は精進湖の旅館の犬で
根っからの自由人の彼はよく逃げ出しては
山を越え本栖湖に散歩にくると聞いた。
1週間位たつと心配した旅館のご主人が
トラックで「彼」を探しにくるのだそうだ。

「彼」を最後に見たのは
やはり本栖湖の精進湖側の山の斜面で
なんと！「彼」は「彼女」と一緒だった。
「むむ　おぬし　やるなあ」と思ったものだ。

もうあれから10年以上たつので「彼」はこの世にいないかもしれない。
でも「彼」のことは今でも懐かしいんだなあ。