カテゴリ:Heavenly Rock Town
交差点で右折中の私達を照らした鮮烈な白い光は、赤信号にも拘らず猛スピードで直進してきた対向車のHIDヘッドライトであった。凄まじい勢いで衝突した2台の車体は共に大破し、対向車を運転していた会社員の男性と私はその場で、そして私の隣にいた彼は3時間程後に、縹渺たる暗黒の世界へと引きずり込まれた。
音も光も何も無い茫茫とした漆黒の闇の中を私は、いや私の霊魂とでも言うべきものは飄々と彷徨していた。初めのうちこそ一切の感覚が失われていたものの、驚くべきことに暫し彷徨している間に全ての感覚が、肉体の感覚までもが生前と全く変わらぬ状態に戻っていった。 「みっちゃん…」 私は辺りを見回しながら小声で彼を呼んでみたが、視界に映るのは暗闇ばかりで彼からの返事はおろか、物音一つしない。生身の人間であれば精神に異常を来しそうな時空間であったが、私はまるで何物かに導かれるような不思議な感覚に身を委ね、本能的に暗闇の中をゆらゆらと彷徨し続けていた。 幾時間経ったのか幾日過ごしたのかも判らない程に時間の感覚がすっかり麻痺した頃、闇の世界にようやく豆電球ほどの薄ぼんやりとした一条の光が差込んだ。 「大変お待たせして申し訳ありません。貴方が高崎樹央さんですね」 光がこちらに向かって近付いて来たかに見えたが、その光は白人とアジア人の混血のようなエキゾチックな顔立ちをした長身の青年の身体から発せらており、光の青年は穏やかな微笑を浮かべながら私の前で立ち止まった。 「あ、はい…」 「遅くなりました、私の名はルーファス(Rufus)、こちらの世界で貴方の誘導役を務めさせていただきます」 ルーファスと名乗る発光青年が語り掛けてきた言語は、どの辺りの国の言葉なのかさえ全く見当もつかない謎の響きとして耳から入ってきたが、おかしなことにそれは何の違和感もなくちゃんと日本語に変換されて私の脳に伝わってくるのだった。 「貴方も人間の形態に戻っていることですし、まずはここから出ましょうか」 そう言いながら前かがみになって私の顔を覗き込んできたルーファスの、微笑の内に一抹の憂いを帯びたような、崇高で清冽な水浅葱色の瞳の美しさに気を呑まれて思わず俯いたちょうどその時、豁然として足元に光の世界が現れた。 慌てて顔を上げてみると、眼前には映像や写真で見覚えのある欧州的な街並が広がり、ルーファスと私は英国の路地裏を思わせるような洒落た石畳の道を歩いているのだった。 「…ここはヨーロッパかどこか…?」 落ち着きなくキョロキョロと周囲のあちこちに目を向けながら、私は日本語でルーファスに尋ねてみた。この光に満ちた世界ではルーファスの体はもう微弱な光を放ってはいなかった。というより単に自然の明るさに隠れただけなのかもしれない。 「いいえ、貴方はもう地上にはいません。ここは【Heavenly Rock Town】という、天国と地獄の間に存在するとても小さな死者の町です」 私が日本語で発した質問にルーファスは先程と同じ謎の言語で答えたが、やはり彼の言葉はちゃんと日本語に脳内変換されて伝わってきた。 「死者の町…」 「ええ、貴方は今からこの町で暮らすことになります」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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