カテゴリ:Heavenly Rock Town
書斎机に軽く片肘を突き、時折優雅な所作でコーヒーを口にしながら、ルーファスはこの世界ないしこの町の大まかな決り事を丁寧且つ簡潔に幾つか説明してくれた。
先ずこの町に子供や老人、動物がいない理由――。何故なら幼くして死んだ者は皆々天国へ行き、思考を持たない動物達の霊魂は死後解体するため霊界には来られない、そして老人は霊魂が人間の形態に戻る際に壮年期の姿形で甦るからなのだそうな。因みに私のように若くして死んだ者は死亡時の容姿のままで老化はしないらしく、更に何らかの障害・欠損があった者や傷病者は霊界で健全な肉体に生まれ変わるとのことだった。 この世界に於ては生前の富や名声や権力など一切関係無く、全ての人間は大凡平等であり、行動・精神の善悪によってのみ評価されるのだとか。 町の行き来は基本的に自由で、身内や友人、過去の有名人達ともいつでも会えるらしい。但しそれは一般的な人々が暮らす世界に限ってのことで、無垢な子供達や一握りの慈愛に満ちた廉潔な人達が暮らす天国、横道な者達が落とされる地獄への往来は、多くの制限があるためほぼ不可能らしい。これは倉橋君が居る “東の戦闘島” の話を聞いた時にも言われたことだ。 私が興味を持ったのは、この町の社会システムであった。 【Heavenly Rock Town】ではベーシックインカムながら住人全員に就労義務があるという。ベーシックインカムによる給付金に個人の労働賃金を上乗せしたものが収入で、税金や社会保険等は無く、住居費や医療費も無料らしい。死者に医療費?ルーファス曰く「この世界に疾病というものは存在しませんが、怪我は普通にします。ただ地上にいた時とは治癒力が格段に違いますよ」とのこと。 この町には貨幣というものが一切無く、個個人の収支は全てコンピュータのようなもので一括管理されているのだとか。完全デジタル通貨社会である。日本も早晩こうなるのであろうが、まさかこの世界の方が進んでいるとは思ってもみなかったので少々驚いた。それ以前にこの時の私はまだ、ベーシックインカムという無条件給付の基本所得のことについてなど何一つ知らなかった。 「このベーシックインカム制度の構想は地上では既に18世紀末頃からあり、貴方が地上に誕生する以前、先程の彼女がこちらに来た頃には欧米各地でこの制度が要求されていました。尤も貴方がこの制度について無知なのも仕方ありません。日本では今後徐々に議論がなされることでしょうから…」 ルーファスの言葉を遮るかのように再び扉を厳かにノックする音が4回響き、私達は同時に扉に目を向けた。そしてルーファスはこちらにくるりと向き直ると、闇の世界から抜け出た時と全く同じようにその美しい瞳で私の顔を真直ぐ見つめながら微笑んだ。 「誘導役の私の務めはここで終了です。今後貴方のサポートは世話役の彼に一任してありますから、どうぞ御心配なく」 「えっ!?」 もうお別れ!? と言いかけて私は言葉を飲み込んだ。何から何まで不思議な青年だが、一緒に居ると妙に心地好く、こうも淡々と別れを告げられたことも合わせて何とも寂しい気持ちになった。 しかしそんな私の胸中を知ってか知らずかルーファスは直ぐさま席を立ち、自ら扉を開けて世話役だという男性を招き入れた。 「キオ、今から貴方の世話役を務めてくれるリッキーを紹介しましょう」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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