カテゴリ:Heavenly Rock Town
ルーファス曰く、自分は悪魔としてはまだまだ未熟なので天の使いをやっており、死者を迎えに行った際にたまたま地上で流行音楽を耳にして興味を持った。この町に全てのロックミュージシャンを押し込めようと自分が提言した関係上、天からここの支配を命じられたのだ――と。
「支配者といっても私の役目はこうして時折この町に来ては、全住民の情報を管理しているこのオフィスでリッキーから報告を受けることぐらいで、全てここの人達に任せきりなのです」 全くとんだ支配者だ、とリッキーとルーファスが睦まじく笑い合う様はまるで気が置けない親友同士といった風で、堕天使・ルシファーの孫にして未熟な悪魔であるルーファスも、体が光ったり空を飛べたりする以外は、案外私達とそこまで大差はないのかもしれない。 「リッキーはこの町で私が最も信頼出来る人間であり、仲の良い友人でもあります。本来であればこの町とは何の縁も無い貴方をここに置くのは少々酷なことですが、リッキーにならば貴方を安心して任せられると判断し、お連れした次第です」 ルーファスの手放しの褒めように、リッキーは面映げに俯いた。シャイなところも生前と変わってないらしい。 「キオ、どうぞリッキーと共にこの町で楽しい毎日をお過ごしください」 有難うルーファス、さようなら…。ルーファスの清冽な水浅葱色の瞳と、無造作に肩まで伸びている濡れたような黒髪をしかと目に焼き付けてから、私はルーファスと別れの挨拶を交わし、リッキーと共に退室した。 この町の中枢であり、リッキーの仕事先でもある広壮なビルを出ると、既に街の至る所に灯が点っていた。 「今日は色々と疲れただろうから町案内は明日にでもして、今から食事でもどうだい?」 優しい口調でリッキーが私に尋ねた。声からも表情からも、全身から彼の優しくて温かい人柄が感じられ、今日初めて会ったとは思えないほどに親しみを感じた。残っている映像や写真から窺い知れる以上に素敵な人であることが嬉しかった。 はい、とだけ答えて頷いた私に、リッキーはもっと気楽にしてねと微笑んだ。 「この町には自家用車が無くてさ、移動手段は徒歩か自転車、もしくはバスや電車などの公共交通機関を利用することになっているんだ。ここから10分ぐらい歩いた所に美味しいメキシカン・レストランがあるんだけど、どうかな?それとも他に何か食べたい物があったら遠慮なく言って」 メキシカン?メキシコ料理ってタコスぐらしか知らないけど…あッ! 「メキシコ料理っていえば、『Song for a Future Generation』でリッキーが好きだと言ってた “hot tamales” も確かそうですよね。私も一度は食べてみたいってずっと思ってたんです」 「本当かい?あれは君が生まれる前に発表した歌だけど、よく知ってるね。そう、そこはタマレスが美味しい店なんだ」 「実は母がThe B-52'sのファンで、私もよく一緒に聴いてたんです。母はキースのファンで、私は…あの…ずっとリッキーのファンです」 「あはは、御世辞でも嬉しいよ。有難うキオ。キースは本当にいい奴なんだ。いつかキースと君のお母さんがこの町に来たら、是非紹介するよ」 私としてはかなり勇気を出して告白したつもりだったが、リッキーはただの御世辞と思ったようで、軽く受け流されてしまった。でもこうして気軽に会話出来るだけでも夢のようだ。 リッキーと私は互いをよく知るために色々な話をしながら、メキシカン・レストランに向かって二人で歩いた。ふと空を見上げると、いつしか幾望の月が燦々と輝いていた――。 「何を見てるんだい?」 背後からリッキーの柔和な声が私の耳を擽る。 小ぢんまりした瀟洒な3階建アパートメントの3階に、私とリッキーは隣合わせで住んでいる。今日は私の3度目の命日ということで、世話役であるリッキーが彼の仲間達も招いてちょっとしたパーティーを開いてくれた。今し方、最後の客が帰ったところだ。 私は風に当たって酔を覚まそうと、窓を開けた。すると目の前には3年前のあの日と同じ、赤みがかった眉月が浮かんでいた。その月をぼんやりと眺めているうちに、初めは朧朧とした記憶だったものが、やがて昨日のことのようにはっきりと脳裏に蘇ってきた。 “今日みたいに皿のような月は受け月言うてな、願い事を受け止めてくれる、祈りを叶えてくれる月なんやて…” 今にして思えば、倉橋君のあの言葉は本当だったのかもしれない。ルーファスも願ってくれたこの町での幸せな毎日は今、憧れの人と共に現実のものとなっている。 「ぼんやり月を見てたら、何だか3年前のことを思い出しちゃって…」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.06.25 03:18:18
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