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2012.10.06
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カテゴリ:Heavenly Rock Town
「ようイアン、邪魔してるぜ」
 店の奥にある倉庫から作業の手を休めてチラリと顔を覗かせた店長を素早く見つけたファルコが、笑顔で声を掛けた。
 この小さな書店『INTERZONE』を営んでいるのは、The B-52'sThe Carsとこれまた同じ76年に英国で結成されたポストパンク・バンド、Joy Division(ジョイ・ディヴィジョン)のヴォーカリストだったイアン・カーティス(Ian Curtis)である。80年5月に23歳で自らこの世界へ来たイアンは生前、オランダに行って本屋をやりたいとメンバーに漏らしたこともある程の文学青年だったらしい。
「ああ、例のガイドブックの原稿を取りに来たのか。どうだ、ちゃんと書けてるか?」
 イアンは倉庫作業を中断して店内のレジカウンターの前まで来ると、ファルコが鞄に仕舞おうとしていた私の原稿を覗き込んだ。
「キオ、これを店長に見せてもいいかい?」
 とファルコが私に尋ねはしたものの、こちらが返事をする間も無く原稿は既にイアンの手に渡っていた。嗚呼、文学的才能溢れる店長はこの駄文を目にして何と言うだろう…。
「最後の方に小さな書店に勤めながらってあるけどさ、せっかくだから店名も入れてよ。で、うちの従業員が協力したんだから20冊程無償提供してくれるだろ?」
 若くして自ら命を絶つほどに繊細で内省的な青年だったイアンも、今ではすっかり商魂たくましい書店の主になっている。素早く通覧したイアンは内容については特に触れず、苦笑しながら原稿をカウンターに置いた。
「ちゃっかりしてんなあ。ま、取り敢えず店名は入れとくから…ちょっとペン借りるよ。ええっと、この店なんて名前だっけ?あ、『Interzone』ね。無償提供の方は一応上司に相談してみるけど、あまり期待はしないでくれ」
 レジ横に置いてあるペンスタンドから赤ペンを手に取ったファルコは、余白部分に何やら独語で小さく書き足してから、再び原稿を鞄に突っ込んだ。
「お前の上司って誰?」
ニコ(Nico)さ。バナナ・アルバムのニコ。ドイツ女はケチだからな」
 アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)がプロデュースし、またジャケットのデザインをも手掛けたThe Velvet Underground(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド)のデビュー・アルバム「The Velvet Underground and Nico」は、有名なバナナ絵のジャケットからバナナ・アルバムとも呼ばれている。このアルバムに参加していくつかの曲でvo.をとっているのが、ドイツ生まれのニコことクリスタ・ペーフゲン(Christa Päffgen)だ。彼女がこの町へ来たのは88年7月のことで、98年2月に自動車事故でここの住民になったファルコより10年近く先輩である。
「ああ、確かにドイツ人は…いや、ドイツ人がというよりも公務員自体がそもそも融通が利かないものだよ、俺の目の前にいる楽天的なオーストリア人公務員を除いてはな。まぁ俺もバンドが軌道に乗るまでは公務員だったから、お前の立場も分かる。…そうだな、半分の10冊で手を打つとするか。じゃあな、ファルコ」
「お、おい!無茶言うなよイアン!…ったく、しょうがない奴だなぁ」
 言うだけ言ってくるりと踵を返すと、後ろ向きのままで2、3度軽く手を振って倉庫に戻っていったイアンの背中を、ファルコは困ったような笑顔で暫く見つめていた。

joydivision.jpg Ian Kevin Curtis (July 15, 1956 — May 18, 1980)
velvets.jpg Christa Päffgen (October 16, 1938 – July 18, 1988) ニコ





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Last updated  2023.06.20 16:48:41
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