カテゴリ:Heavenly Rock Town
「うーん、それは無理だな、有り得ないよ」
リッキーは頭を振ってベンの言葉を即座に否定した。彼がこうもハッキリと人の心を傷つけるような発言をすること自体も滅多に無いことで少々驚いたが、それがよりによって自分に向けられたものであることに私は動揺を抑えきれなかった。薄々分かってはいたけれど、やはり今迄の優しさは全て、単に世話役を引き受けた責務によるものだったのか…。 「どうして無理なんだ?有り得ないって…キオじゃダメなのか?」 ベンはリッキーの肩に回していた手を離し、すっかり悄気ている私の隣に来ると、まるで私の胸中を代弁してくれるかのように彼に詰問した。まさかベンが味方してくれようとは思っても無かったので意外だったが、正直なところ味方というよりは、二人して私の傷口に塩を塗っているかのようにも感じられた。せめてこういう話は本人がいない所でしてくれればいいのに。 リッキーは私達の顔を暫し黙って見ていたが、ふっといつものように表情を和らげた。 「いや…だって俺、再婚にならないよ?ジョンもゲイリーも日本人の奥さんもらったのって二度目の結婚で、だろ?俺まだ一度も結婚したことないからそりゃ無理さ。キオじゃダメ、じゃなくて俺がね、俺がダメなんだよ。な、有り得ないだろ?それよりもベン、キミなら…」 「は?何だよそれ!? 無理ってそういうことかよ」 あっけらかんと答えるリッキーに、私達は拍子抜けした。再婚かどうかなんてどうだっていいのにリッキーったら。ベンと私は顔を見合わせて笑い出した。酔いがまだ若干残っているせいなのか、それとも張り詰めた気持が解れて安心したせいなのか、私は何故か可笑しくてたまらなかった。 「あのね、キオ」 私達が一頻り笑ってから、リッキーは囁くような小さな声で伏目がちに口を開いた。 「キオも知ってると思うけど俺には妹がいて…そう、同じバンドにいたシンディ(Cindy Wilson)さ。俺は自分が死に至る病気だと分かってからも、ずっとシンディには言わなかった、いや言えなかったんだよ。HIVだって知られたくなかったのもあるけど、何より彼女を心配させたくなかったんだ」 ベンと私は黙々と家路を歩きながら、リッキーの言葉に静かに耳を傾けていた。 「だがそれが却ってシンディの心を一層傷付け、より悲しませる結果になった。3年前キオと初めて会った時に、君がこの町で暮らすかどうかルーファスに決断を迫られて涙を零すのを見て、ふとシンディとキオが重なって見えたんだ。シンディには何もしてやれなかったけど、其の分この娘をもう二度と泣かせはしないってね。勿論、シンディはシンディ、キオはキオさ。でもキオが俺のサポートを必要としなくなる日までは、最初の約束どおりどんなことがあっても君を全力で守り抜くよ。キオ、それにベン、君達には是非とも幸せになって欲しいんだ」 そう言って照れくさそうに微笑を浮かべるリッキーに、私は一瞬でも彼の優しさを疑った自分が情けなく、心苦しかった。一方のベンは何やらちょっと複雑そうな顔をしつつも、リッキーに戯れながら抱き付いていた。本当にこの二人は仲が良いというか、良すぎるといおうか…。 「よしッ!我らが世話役に改めて乾杯だ。リッキー、キオ、もう一件行くぞ!」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.06.20 17:34:32
コメント(0) | コメントを書く
[Heavenly Rock Town] カテゴリの最新記事
|
|