カテゴリ:Heavenly Rock Town
アパートメントの住人であるリッキー、ボヤン、私と役所の下請作業員であるミランの4人は、階段をぞろぞろと降りた。
ベンにも修繕のことを聞かなきゃなんねぇから、二人一度に起こしちまおう。リッキーとキオはベンを呼んでくれよ、俺はまずロブに昨夜の詫びをしたいからこっち」 ボヤンはてきぱきと階段を挟んで西側にあるベンの部屋を私達に指し示しながら、自身はミランと共に東側のロブの部屋に向かった。 その場に残されたリッキーと私もボヤンの指示どおりにベンの部屋の前に行き、インターホンを鳴らしてみたものの何の応答も無かった。迷惑かしらと思いつつ私は3度もインターホンを押し続けた。 「昨夜は結構飲んでたから、熟睡してるのかなぁ」 「ん…。修繕の件は後で聞いておくから、ベンは放っといてロブの部屋に行こうか」 「えッ、なんで!?」 今じゃないと駄目でしょ、と言い掛けた私の耳に、ベンの部屋から微かに女性の声が洩れ聞こえてきた。どうやらベンの部屋には女性が来ているらしい。リッキーは先に気付いたようで、苦笑しながら私の腕を軽く引っ張ると、そっと耳打ちしてきた。 「どうも先客がいるみたいだから、邪魔しちゃ悪いだろ」 「そ、そうね…。私達も皆の所に行きましょうか」 嘗て地上で世界中の女性ファンを虜にしていたベンは、この町に来てからも相変らず多くの女性達から言い寄られている。整いすぎた容貌にクールで穏やかな人柄、そのうえ一人っ子だったせいかちょっぴり淋しがりやで優しくて――。モテて当然の男っぷりなのである。なので恋人の一人や二人いても何の不思議も無く寧ろ当然であり、現に今まで何人もの女性がベンの部屋に出入りする所を目撃したこともあるはずなのに、こうして実際にベンと女性が親しくしている現場に出くわしてみると、何となくもやもやした気分になった。このもやもやの正体はケリーに対する嫉妬なのか、それとも女性に興味を示さないリッキーに対するもどかしさなのだろうか。 私達がそそくさとベンの部屋の前から離れてロブの部屋へ行こうとした途端、インターホン越しにベンが不機嫌そうに応答してきたので、リッキーと私は慌ててベンの部屋の前へと戻った。 「あッ、おはようベン。せっかくの休日にこんな朝からおっ…起こして悪いな。何でも1階の空き部屋に入居者が決まったらしくてミランが、ほら、あのボヤンのバンド仲間だった、彼がアパートの修繕に来ていてさ、俺達の部屋も悪い所があったらついでに直してくれるそうなんだ。今、ロブの部屋を見てもらってるんだけど、ベンの部屋はどうかなって。不具合が無ければ別にいいんだけど」 リッキーにしては珍しく少し焦っていたのか、名乗りもせず早口で一気に捲し立てた。 「…その声はリッキーか?俺の部屋は別に大丈夫だけど、それよりもロブの部屋を見てもらってるって、昨夜ボヤンと俺が馬鹿やって叩き割った鏡のことだろ?」 「ああ。あれだけ酔ってたのによく覚えてるな」 「俺もそっちに行くよ」 インターホンを切って直ぐにベンがドアを開けた。昨夜の服装のまま出てきたベンの後ろに立っていたのは、私達もよく知っている女性だった。 「何だ、キオもいたのか」 「う、うん。おはよう、ベン。……おはよう、ケリー」 ベンの部屋にいたのは、78年に英国・ロンドンで結成された女性HR/HMバンド、Girlschool(ガールスクール)のギタリストだったケリー・ジョンソン(Kelly Johnson)であった。07年7月に49歳で脊髄腫瘍によりこの街へ来たケリーは、ベンが働いている町唯一の自動車工場で事務員をしているため、私達とも顔馴染みである。しかしまた、どうしてケリーが休日のこんな時間にベンの部屋にいるのだろう? 「おはようリッキー、キオ。じゃあね、ベン。昨夜は有難う」 ケリーは私達に挨拶をし、ベンに別れと礼を告げるとそそくさと足早に階段を下りていった。そんな彼女の後ろ姿をただ黙って見詰めていたリッキーと私に、ベンは 「お前ら何か誤解してないか?言っとくけどケリーと俺は単なる同僚だからな。昨夜ロブの部屋から戻ったところにちょうどケリーが来て、恋人と喧嘩したっていうから部屋に上げて愚痴を聞いてやってたんだ。ところが俺は酔ってたから途中で眠っちゃってさ。で、さっきのインターホンの音で目覚めたら隣にケリーが寝てたんだ。本当に何も無いからな」 と、逆に何かあったのではないかと勘繰りたくなるくらいに弁解し終えると、足早に向かいの部屋へ向かったため、私たちも慌てて後に続いた。 Bernadette Jean Johnson (June 20, 1958 – July 15, 2007) ケリー・ジョンソン お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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