カテゴリ:Heavenly Rock Town
「あ…そういえば同じくノルウェーのバンドでA-haのアルバムって置いてある?メンバーはまだ誰もこっちの世界には来てないんだけど」
私はCDの入った紙袋を受け取りながら、ジョブライアスに声を掛けた。 「何だって?アハァ?何だソレ、バンド名か?」 「うん、A-haっていうノルウェー出身の3人組。確か85年頃にデビュー曲が世界中で大ヒットしたんだ。90年代に一度解散したんだけど、また再結成したバンドなの」 A-haのデビュー曲にして最大のヒット曲である “Take on Me” が米国・ビルボードのシングルチャートで1位を記録したのは85年10月19日――ちょうどリッキーがこちらの世界へ来た1週間後のことであった。その2年前からここにいるジョブライアスが彼等を知らないのは当然かもしれない。 迷宮のように入組んだ店内の、Norwegianコーナーに山積みされているアルバムを引っ掻き回していたジョブライアスが私を呼んだ。 「おーい、何かそれらしいアルバムが何枚かあるぞー。どれがいるんだ?」 「探してるのは『Foot of the Mountain』ってアルバム。欧州で割と評価が高かったみたいだったけど、私は日本でリリースされる前にこっちに来ちゃったんで未聴なの」 ――バンドの突然の解散が報じられたのは樹央が死んだ翌月、09年10月のことで、更に彼等のラストアルバムとなってしまった「Foot of the Mountain」が日本で発売されたのも、樹央の死から2ヶ月経った09年11月のことであった――。 「有難うリッキー。いつもごめんね」 「…ん?」 クラウスの店からの帰り道、私はリッキーに買って貰ったA-haのCDが入ったバッグをポンポンと叩いてみせた。 「だっていつも奢ってもらうばっかりなんだもん」 「いいんだよ、ついでだから気にしないで」 そう言って伏し目がちに微笑むリッキーの、薄暗い街灯に照らされて濃い陰影を湛えている柔和な横顔の美しさに、私は暫し見惚れた。 鳴呼、思い切って好きだと伝えたい。私のことをどう思っているのか尋ねたい。だけど、私のことなど何とも思ってなかったら。女性には全く興味がなかったとしたら。もし今ここで私がリッキーに思いの丈を打ち明けてしまったならば、今まで積み重ねてきた幸せな日常が瓦解してしまう可能性の方が高い気がする。やっぱり、もう少しこのままでいた方がいいかな…。 夜風に吹かれた花水木の総苞片が街路のあちこちで舞い散る幻想的な夜道を、リッキーと私は肩を並べて他愛ない会話をしながらアパートまで歩き続けた。 煩悶する私の真横で、当のリッキーは何を思っていたのだろう? 数日後、ブルーノの歓迎会を兼ねたパーティーがリッキーの部屋で開かれた。住人全員が参加しての何時もながらのパーティーではあったが、今回はリッキーが珍しくBGMを用意したというので、早速皆で聴いてみることにした。 前奏が始まるとほぼ同時にブルーノが声を上げた。「俺のギターだぜ!」 リッキーは先日クラウスの店で買っておいたRaga Rockersの1stアルバム「The Return of the Raga Rockers」をシャッフル再生させている。 ♪Drept kjendis trenger ikke piller for a roe seg ned ~ 「“Drept kjendis” って曲なんだ」 ブルーノが口遊みながら紹介してくれた曲のノルウェー語タイトルは、脳内自動翻訳システムが働いてしまったために “殺された有名人” という安易な邦題タイトルとなってしまった。 「俺はてっきりシタールだの何だののインド音楽やってるバンドじゃねえかと思ってたんだけどよ…いい曲だな」 ボヤンの言葉に、ブルーノを除く全員が頷いた。それから一頻り音楽談義に花を咲かせた後、恒例のベンとボヤンのベース対決にリッキーとブルーノのギター連奏まで加わり、私達は夜更け過ぎまで大いに盛り上がった。 ロブとボヤンが別れの挨拶をして部屋に戻り、私もそろそろ…と帰ろうとした時、ブルーノに声を掛けられた。 「キオ、お前も自動車事故でこの町に来たんだって?」 「うん、3年半前に。ブルーノも事故だったんでしょ」 「ああそうさ。だったらCCBには行ったことある?」 「CCB?」 Car Crashっていうバーさ、と横からベンが口を挟んで教えてくれた。 「いや、行ったことないけど有名な店なの?」 「自動車事故でこっちに来た連中ばかりが集まるバーなんだ。よかったら一度来てみないか?俺が案内するよ」 「う、うん…でもリッキーやベンは?」 皆が飲んだビールの瓶を片付けているリッキーの方に、私はちらりと目を遣った。視線に気付いたリッキーが頭を振って答える。 「ベンも俺も事故で来た訳じゃないから。せっかくブルーノが誘ってくれてるんだから行っておいでよ」 あまり気乗りはしなかったが、リッキーにまでそう言われると断れなくなってしまい、止む無く承諾した。 「じゃあ明後日の19時頃、迎えに行くから。お休みリッキー、ベン、キオ」 ブルーノは私の頬に軽くおやすみの口付をすると、フラフラと千鳥足でリッキーの部屋を後にした。 Norwegian Rockに興味のある方は、YouTubeへGo! 「The Beginning of the Raga Rockers」(92) Raga Rockers お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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