カテゴリ:Heavenly Rock Town
それからというものはブルーノからの誘いに乗ったり、また私から誘ったりもして度々CCBに通うようになった。店に行けばボーナやラズル、ファルコやコージー等の顔馴染み連中の内の何人かが必ず来ていた。当然、その中にはビーチャことヴィクトルも入っている。私のビーチャに対する想いは、既に歯止めがきかなくなっていた。
そんなある夜、リッキーが毎月恒例のパーティーの次回日程を知らせに来てくれた。明後日の夜、ベンの部屋に集合とのことで、リッキーは玄関先でそれだけを伝えるとおやすみの挨拶をしてくるりと背を向けた。 「あ、リッキー…」 「ん?何だい?」 「いや…おやすみなさい」 「おやすみ、キオ」 遠ざかって行くリッキーの広い背中。その後姿を、リッキーが部屋に戻った後はそのドアを、私はじっと見詰め続けた。リッキーもビーチャのようにおやすみの口付ぐらいしてくれたならば。私が本当に抱かれたいのはビーチャ?それともリッキー? そして二日後、私達はベンの部屋に集まり、いつものように飲んで食べて滅茶苦茶な演奏をしたりしながら、夜更けまで騒いだ。いつもと変わらぬリッキーの優しさが、今夜は妙に辛い。私は胸の痛みを紛らわそうとアルコールをひたすら飲み続け、いつしか眠り込んでしまった。 目を覚ました私は見慣れぬ部屋の様子に一瞬慌てたものの、すぐにここがベンのベッドルームで、誰かがわざわざ運んで寝かせてくれたのだと気付いた。 「…いいのか、リッキー」 パーティーは既に終わってしまったのか、部屋はひっそりと静まり返っている。リビングで喋っているベンの声が微かに私の耳に届いた。 「いいんだよ、ベン。キオが幸せならそれで」 えッ?私の話?私はベンのベッドに寝たまま、息を殺して聞き耳を立てた。 「今までずっと俺が彼女を掣肘してたからな。もっと早くに開放されるべきだったんだ」 「別にお前が縛り付けてた訳じゃないだろ?むしろキオの方がお前にくっ付いてただけで」 「どちらにせよ俺は彼女にこの世界を存分に楽しんで、幸せになってもらいたい。その為にはもっと様々な人達と関わるべきなんだ。いつまでも俺等とばかり一緒にいちゃ可哀想だろ」 「そりゃそうかもしれないが、でもなリッキー、お前の気持は…」 「本当はさ、ベン、勝手なことを言うと俺は君になら彼女を安心して任せられると思ってた。だけどそれも余計な世話だったようだ。そろそろ世話役は卒業かもな」 ベッドの中でふと、以前リッキーとベンと私の三人で日本食レストランへ行った日のことを思い出した。帰り道でリッキーが口にし掛けたあの言葉、“それよりもベン、キミなら…”。あれは、ベンなら私を幸せに出来るとでも言うつもりだったのか。 「まぁお前の考えは前から薄々気付いちゃいたけどさ。でもな、どうして俺なんだ?何でお前自身が幸せにしてやろうと思わないんだ?彼女はあれ程健気にお前を慕ってるのに。それにお前だって…」 「彼女は新たな恋に踏み出そうとしている。俺は彼女に何もしてやれなかった分、応援するよ」 「俺の質問に答えろよ、リッキー。だから何でお前は…」 「知ってるだろ?リッキー・ウィルソンはゲイなんだ。俺は女性を愛せない」 リッキーがまだ10代半ばの頃、友人であり後にバンド仲間となるキースに初めて自分がゲイであることを打ち明けた際、リッキーはキースをソファに座らせて率直且つ簡潔にこう告げたという――Ricky Wilson is gay.――リッキー・ウィルソンはゲイなんだ、と。 そんなことはこの世界でリッキーと出会うよりずっと以前、まだ地上にいた時からとうに知っていた。とはいえ彼自身の口から女性は愛せないと明言されたことに改めて強い衝撃を受けた。 「嗚呼、知ってるさ。おそらく俺がこの世界で今のお前を誰よりもよく知っている。でもなリッキー、この3年余りずっとお前達を見てきたが、お前が彼女に対して抱いている感情は間違いなく愛だろ」 「ずっと一緒にいたらそりゃ親愛の情もわくよ。彼女は俺にとって妹のようなものだからな。同じように君のことも愛してるよ」 「いや、俺のことはどうだっていいんだ。お前はそうやっていつも自分で自分を騙してる。お前は女を愛せないんじゃなく、愛することを恐れて逃げてるだけじゃないのか?」 「……」 ベンの問い掛けにリッキーが何か小声で答えていたが、私の耳までは届かなかった。それにしても、普段のやり取りからは決して窺い知ることの出来ない二人の胸の内を図らずも盗み聞いてしまい、何だか申し訳なさで胸が潰れそうであった。かと言って今ここでのこのこと彼等の前に進み出ていく勇気もなく、相変らずベッドの中で聞き耳を立て続けていた。 「ストレートの俺が一時期お前に惚れちまったみたいに、ゲイのお前だって女に惚れることもあるさ。まぁあン時の俺はどうかしてたんだけど…」 えッ!? ベ、ベン、今何て言った!? 先程の申し訳なさはどこへやら、私は全神経を耳に集中した。 「全くな、心底驚いたけどすぐに正気に戻ってくれてよかったよ。君はほんの一時の気の迷いだったが、俺は物心付いてから女性にそういう想いを抱いたことがないんだ…。そういえばこの前ケリーが君の部屋に泊まった時、俺に弁解しただろ。キオが不思議そうな顔をして見てたけど、あれは俺達のことを完全に誤解している顔付だったよ」 「悪い、つい昔の癖が出たんだ。あの時ケリーが俺に愚痴ってた恋人っていうのがビーチャとかいうアジア系ロシア人らしくてさ、あいつら仲がいいのか悪いのか、年中くっついたり離れたりしてるんだよ。で、喧嘩する度にケリーの愚痴を延々と聞かされるんだ。あの夜も本当にそれだけだったんだよ」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.06.25 19:25:38
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