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2013.07.05
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カテゴリ:Heavenly Rock Town
「分かってるよ、ベン。それよりケリーとそのロシア人男性は今でも付き合っているのかい?」
「さあ…別れたとは聞いてないけど。でも何でお前がそんなことを尋ねるんだ?」
「いや別に何となくね。意味はないさ」
 ビーチャに恋人がいただなんて。それもよりによってあのケリーが恋人だったとは。一気に奈落の底に突き落とされた気分だった。なーんだ、ビーチャは本気じゃなかったんだ。私が一方的に浮かれていただけだったんだ…。ベンのベッドの中でなければ涙が零れたかもしれない。
「なぁリッキー、この後どうしよう?キオをこのままにしておいて俺がソファで寝てもいいけどよ、二人きりになるのもちょっとマズいんじゃないかと思って」
「何だベン、彼女を襲う気か?」
「いいのか、襲っても?いや、冗談だけどな。今夜は俺もお前の部屋で寝させてくれないか?」
「それは構わないけど…」
「大丈夫、お前のベッドに忍び込んだりはしないから。じゃあ今からシャワー浴びて、後で行くよ」
「OK」
 バスルームに向かう途中のベンが、ベッドルームの前で足を止めた。どうやら開けっ放しのドアの向こうからこちらを窺っているらしい。私は眠っているフリをしながら、ベンが立ち去るのを待った。

 ベンの足音が遠ざかりホッとしたところで、別の足音が近づいてきた。今度はリッキーが様子を見に来たようだ。固く目を閉じて再び眠ったフリをしていると、リッキーは静静と部屋に入ってきてベッドの脇で立ち止まり、じっとその場にとどまっていた。一体何をしているのだろう?静寂に包まれた室内に、リッキーの気配だけが濃厚に漂っている。緊張のあまり息苦しくなった私は、寝返りをうつようにしてリッキーに背を向けた。我ながら空空しかった気がする。寝たフリがバレたかもしれない。
 それでもリッキーは暫くの間、ただ黙ってベッドの傍らにいたが、私の背中にそっと語り掛けてきた。
「キオ、俺は…。君の世話役に選ばれてからというもの、毎日が本当に楽しかった。いつも慕ってくれて心から嬉しかったよ。だけど俺自身、君に対して抱いている感情の正体が何なのか、未だによく分からないんだ。いや、ベンの言ったとおり分かってはいるが心の折合がつかなくて認めたくないだけのかもしれない。だから…、だからそんな俺に愛想を尽かして君が誰かと恋に落ちたとしても、いずれ俺達から離れてここを去ることになっても、それは仕方のないことだと思う。むしろ今迄ずっと一緒にいてくれたことに感謝してるよ。
 キオ、俺は君の幸せを心から願っている。俺の幸せは君が笑顔でいることなんだ。たとえ離れ離れになっても、君がその笑顔を絶やすことなく幸せな毎日を送っているのであれば、俺も幸せだよ。だから気兼ねなく、何でも思いのままにやってごらん。もしそれで君が傷付くことや悲しむことがあったら、いつでも帰っておいで。君に笑顔が戻るまでずっと側にいるよ。今迄もこれから先も、どんな時でも俺は君のことを大切に思っているからね。…おやすみ、キオ」
 パタンとドアの閉まる音がするが否や、それまで必死で堪えていた涙が一気に溢れ出した。ビーチャのこと、ベンとリッキーの過去のこと、そんなことはもうどうでもよかった。私が眠っていないことをおそらく承知の上で、初めてリッキーが襟懐を語ってくれた。どんな時でも君のことを大切に思っている――そう言ってくれた。私の心がビーチャに傾いていたことを知りながら。思い上がりかもしれないが、もしかするとリッキーは私以上に煩悶していたのかもしれない。今迄私は自分のことしか考えていなかった。リッキーの苦衷に思いを致したことなど一度もなかった。それなのにリッキーはいつだって私のことを…私の幸せを考え、願ってくれていた。
 同性愛者であるリッキーの心の葛藤は、私には分からない。だけどここまで真情を吐露してくれた彼の思い遣りや優しさ、それだけでもう充分だ。たとえリッキーが女性を愛せなくても、それでもやはり私は彼に付いていこう。ずっとこのまま、リッキー達と楽しく暮らしたい。それが私の幸せであり、リッキーの幸せなのだから。
 ビーチャに会うのはもう止めよう…。そう心に決めた私は、若干涙で濡れたベンのベッドで再び深い眠りに落ちていった。

「朝だよキオ、早く起きないとまたイアンに怒られるぞ」
 翌朝、リッキーの柔和な声で私は目を覚ました。
「…えッ、リッキー?あ、そっか、ここはベンの部屋だっけ。あれ?ベンは?」
「ベンもさっき俺の部屋で起きて、今慌てて仕度してるところだよ。ホラ、もう9時だ」
 ベッドルームの壁時計に目を遣ると、本当に9時きっかりだった。
「うわッ、また遅刻しちゃう!」
「君も早く自分の部屋に戻って仕度しておいで、下で待っとくから」
「うん」
 私はベッドから抜け出して自分の部屋に向かう途中で足を止め、振り返ってリッキーを見た。
「どうしたんだい、キオ?」
「あのね…リッキー、昨夜私、決心したんだ」
「ん?何を?」
「私、ずっとリッキーに付いていく」 
 突然且つ一方的な宣言に、リッキーは私の言葉の意図が飲み込めずにキョトンとした顔をしたが、すぐさま心配そうな顔付になった。
「突然何を言い出すのかと思ったら…。有難うキオ。でもそれでいいのかい?俺に気を遣う必要なんてないんだよ」
「私の幸せはリッキーやベン達と楽しく暮らすことだって今更ながら気付いたの。私もリッキーの微笑む顔をずっと見ていたいんだもの」
 次の瞬間、信じられないことが起こり、私の頭の中は真白になった。じっと私の瞳を見ながら話を聞いていたリッキーが、言葉が途切れるや突如私を抱き締めたのだ。
「キオ、俺はいつの日かきっと…」
 彼のいつになく押殺したような声の振動が、私の耳と胸を震わせる。彼の身体の温もりが、私の全身を熱くする。これは決して夢なんかじゃない。リッキーの腕の中で、彼の胸に頬を寄せているのは紛れもなくこの私なのだ!だが、
「さぁ、急がないと」
 そう言ってリッキーはあっという間に私から離れると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
 その場に取り残された私が熱に浮かされたようにぼんやり突っ立っていると、仕度を終えたベンがニヤニヤしながら入ってきた。
「何時までぼけーっとしてるんだ、遅れるぞ。あ、ちなみにだな、俺の幾つかの幸せの内の一つは、お前達がそうやって睦まじくなってくれることさ。ほら、早く顔洗ってこいよ」





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