カテゴリ:Heavenly Rock Town
リジーが越してきた翌週、住人が全員参加しての彼女の歓迎パーティーを私の部屋で開いた。というよりも、通常のパーティーに彼女を歓迎するという名目が加わっただけだが。
最初のうちはどこか余所余所しさを感じさせる態度を取っていたリジーも、住人達の和気藹々とした雰囲気に安堵したのか、或いは単に酔いのせいなのか、次第に打ち解けていった。 リッキーを除く男性連中は相変らずリジーにデレデレで、恒例のベンとボヤンのベース対決では彼女にいい所を見せようと、二人ともかなり熱くなっていた。 「今度はギター対決やろうぜ。リッキー、俺が相手になるからさ。せっかくギターも置いてあることだし」 毎回パーティーの際には楽器を持寄ることが暗黙の決まりになっており、ベンとボヤンはベース、リッキーはギターを、そしてロブも一応キーター(ショルダーキーボード)を持参していた。ちなみに音楽とは無関係の一般人であった私はこの決まりの適用外となっている。 まずはベンがリッキーのギターを借りて弾き始めた。若かりし頃はThe Grasshoppers(グラスホッパーズ)という地元バンドでリードシンガー兼ギタリストとして活躍していたというだけあって、なかなかの腕前である。 「俺だって多少は弾けるんだぜ!」 そう言ってベンからギターを受け取ったボヤンも、急遽ギターバトルに参戦。多少どころか見事に弾きこなした。 「多少っていうのはこれくらいのことを言うんじゃないの?君達はやっぱり弦楽器のプロだっただけに上手いね」 と続いてはロブがギターを手にとり、Deep Purple(ディープ・パープル)のお馴染みの “Smoke on the Water” をさわりの部分だけ演奏した。私はここに来て以来、初めてロブがギターを弾くところを見た。確かにベースプレイヤーだった二人ほどではないが、ちゃんとメロディが弾けるだけでも大したものだ。 「じゃあロブがパープルのリッチー(リッチー・ブラックモア/ Ritchie Blackmore)なら、俺はジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)の “Purple Haze” で」 などとリッキーも酔いが回っているせいなのか、何だかよく分からないことを言いながら、大音量でジミヘンの代表曲の一つを演奏し始めた。流石にギター素人の私でも分かるくらい、格段にリッキーのギタープレイの方が上である。住人の中で唯一のギタリストなのだから、当然ではあるけれど。そういえばリッキーは高校生の頃、学校のタレントショーでジミヘンをカバーしたなんて言ってたっけ。 「リッキーがジャック・バトラー(Jack Butler)に見えるわ」 リッキーの演奏がひとしきり続いたあと、出し抜けにリジーが冗談っぽく言った。 「ジャック・バトラー?」 ちゃっかりリジーの隣に座っているボヤンが聞き返す。 「ほら、ハリウッド映画であったじゃない、ギターバトルのシーンに登場するスティーヴ・ヴァイ(Steve Vai)が演じた…」 「ああ、『CROSSROADS(クロスロード)』か。スティーヴが悪魔に魂を売ったギタリスト役の」 「そう、それ」 『クロスロード』は86年に公開されたウォルター・ヒル(Walter Hill)監督の映画で、自らの魂を担保にして十字路で悪魔に魂を売り渡し、引き換えにギターテクニックを身につけたと噂される実在のブルース・ミュージシャン、ロバート・ジョンソン(Robert Johnson)の「クロスロード伝説」をモチーフとしている。リジーの言ったジャックとは、十字路で主人公の少年・ユジーン(Eugene Martone)にギターバトルを挑んで敗れた悪魔の手先のことである。おそらく酔っているだけでリジーも悪気はないのだろうけど、いきなりリッキーを悪魔の手先に例えるなんて些か失礼だろう。 だが当のリッキーは相変らず和やかに彼女の発言を受け止めた。 「俺は85年にこの世界へ来たからその映画は知らないけど…でもリジー、俺が悪魔の手先だってよく見抜いたね」 「私の友人も情報管理センターに勤めているんだけど、その彼が言ってたもの。リッキーは悪魔と取引してるって」 「君の友人の発言はあながち間違っちゃいないよ。確かに俺は悪魔と親交が深い。何らかの取引があったんじゃないかって疑うヤツも中にはいるだろうな」 リッキーはこの町の支配者であるルーファスのことを言っているのだろう。4年前、私が自動車事故でこちらの世界に来た際、誘導役を務めてくれた悪魔・ルーファス。あの時、ルーファスはこう言った “リッキーはこの町で私が最も信頼出来る人間であり、仲の良い友人でもある” と。悪魔とリッキーの間で何故そこまでの関係が築けたのか、正直なところ私にも不思議ではあった。 「ねぇリジー、“私などはちっとも偉い人間ではないが、もしあなたが私と一緒に、世の中へ足を踏み入れてみようとお考えなら、私は即座に、甘んじて、あなたのものになりますよ” ――なんてさ」 リッキーは珍しく冷めた口調で何かの台詞を引用したようだが、残念ながら私には分からなかった。 パーティーがお開きになって部屋に戻ろうとしていたリッキーに、私は先程の台詞の件を尋ねてみた。 「ああ、あれはね、ゲーテの『ファウスト(Faust)』に出てくるメフィストフェレス(Mephistopheles)の台詞さ。なんたって俺は悪魔の手先なんだから」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.07.04 19:24:24
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