2443455 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

Pastime Paradise

Pastime Paradise

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
2013.10.30
XML
カテゴリ:Heavenly Rock Town
「はい、INTERZONE…って何だ、リッキーか。わざわざ電話を掛けてくるなんて珍しいな」
 電話を取った店長のイアン(Ian Curtis / Joy Division)がチラリとこちらに目を向けた。どうやら電話の相手はリッキーであるらしく、私は関心のないふりをしながらイアンの会話に耳をそばだてた。
「ああ、在庫ならまだ若干あるぞ。…OK、今からキオに持って行かせる。ちょうど昼時だから配達料代わりに彼女に美味い飯でも奢ってやってくれ。じゃあな」
 イアンは電話を切るや早速奥の倉庫に篭って何やらゴソゴソしていたが、すぐさま昨年末に発行された『天界ガイドブック』を数冊手にして戻ってきた。隔年発行の天界ガイドはこちらの世界では最も販売冊数の多い書籍として知られており、現にこの昨年版のガイドも既に何度も重版されている。ただ、恥ずかしいことに私が寄稿した駄文もしっかり掲載されており、私としては一刻も早く忘れ去られることを願うばかりなのである。
「キオ、すまないがこれを今からリッキーのところに配達してきてくれないか?ついでにランチも済ませてこいよ」
「やったあ。有難う、店長」
 リッキーの勤務先である情報管理センターは町民全ての情報を一元管理している、謂わばこの町の中枢機関であり、部外者の立入は固く禁じられている。大通りに面した建物の中でも一際目を引く広壮な情報管理センタービル内には以前、一度だけ入ったことがあった。4年前に初めてこの町に来た折、ルーファスに連れられて彼が隠れ家と称していた地下の部屋に案内された時である。秘密めいたビル内に入れることにも興味深々ではあったが、それより勤務中のリッキーに会えることの方が嬉しかった。
  
 情報管理センターは書店と同じ通りにあり、ここからだと徒歩で5分も掛からない程度の距離にある。自家用車の所有が禁じられているこの町では、どこへ行くにもとにかく歩く。だが現世で暮らしていた頃と今とでは体感が若干異なり、1時間やそこら歩いたくらいでは疲労を感じないようになっている。おまけに歩速も格段に違うため、地上における徒歩5分とこちらの世界での徒歩5分とでは、距離にかなりの差がある。肉体も精神も生きていた頃と何ら変わりがないとはいえ、こうして歩いていると僅かながらにやはり自分は幽霊のようなものだと実感してしまうのであった。
 ビルの前で軽く深呼吸をしてから正面の回転ドアをくぐると、受付にいる二人の女性の姿が目に入った。片や折れそうなほど華奢な体型、片や力士並の堂々たる体躯、と非常に対照的である。
「あの…リッキーを、いえ、ウィルソン氏に用事があるんですけど。INTERZONEの高崎といいます」
 力士嬢は電話中だったので、手が空いてそうな華奢な女性の方に声を掛けてみた。
「高崎様、ウィルソン氏との面会予約は取られていますか?」
 め、面会予約?ひょっとしてリッキーって会社では結構偉い人なのかしらん?それにしてもこの女性、受付嬢に相応しくとても綺麗な声をしている。
「えッ?あ、いや、アポイントは取ってないですけど、リッキー…いえウィルソン氏に配達を依頼されて…」
「確認しますので、少々お待ちください」
 華奢な女性が受話器を取ろうとしたところで、電話を終えたどすこい力士嬢が慌てて彼女の細い手首を掴んだ。そんなことをしたら折れちゃう!と内心ヒヤヒヤしたが、どうやら彼女の手首は無事だったようだ。
「ごめんなさいねカレン。さっきの電話はリッキーからの伝言だったのよ。何でも急な用件が入ったとかで、あなたにコーヒーでも飲みながら待っててもらうようにだって。喫茶室に案内するからついて来て」
「あ、はい」
 豪快にフロアを闊歩するどすこいさんの後を慌てて追った。彼女と私はエレベーターで3階まで上がり、ちょっぴり古めかしくて小さな喫茶室に入った。
「ジャニス、彼女に何か出してあげて。リッキーのお客さんなの」
 どすこいさんは店内で暇そうに音楽を聴いている女性に声を掛けた。どこかで見覚えのある、彼女のくしゃくしゃした長い髪――。
「いきなり何よ、キャス。リッキーのお客さん?コーヒーでいい?」
 どこかで聞き覚えのある、彼女の少し掠れた声。…あ、思い出した!4年前、ルーファスの部屋までコーヒーを持ってきてくれたジャニス・ジョプリン(Janis Joplin)!てっきりルーファスの秘書か何かだと勝手に思い込んでいたが、普通に喫茶室のスタッフだったのか…。
「はい、コーヒーを…」
「じゃあ私は戻るわ。直にリッキーも来ると思うから」
「わざわざ有難うございました」
 私はどすこいさんに礼を言って別れた後、空いている椅子に腰掛けてコーヒーを飲みながらリッキーを待った。ジャニスの淹れてくれたコーヒーは、ほろ苦さと甘さが絶妙に調和していて相変わらず美味しかった。
 
「待たせてごめん」
 慌てた様子でリッキーが店に入って来た。
「ううん、そんなに待ってないから大丈夫。はい、天界ガイドブック」
「有難う、助かるよ。実はルーファスが来ててさ、この本を読んでみたいって」
「ルーファスが!?」
 この町の支配者である悪魔のルーファスが今ここに、このビル内にいる――。久しぶりに会ってみたいが、私なんかがそう簡単に会ってもらえるはずもない。と思いきや
「ああ。今からこの本を彼のもとへ届けに行くけど、よかったら君も一緒に来るかい?」
「私もついて行っていいの?」
「勿論だよ。キオが持ってきてくれたんだから」
「うん、久々にルーファスに会いたい」
 私達は直ぐさま席を立ち、リッキーが伝票らしきものにサインしてから二人で喫茶室を出た。そして暫くエレベーターを待ったがなかなか降りてこないので、階段を使うことにした。
「ねぇリッキー、もしかしてリッキーって偉い人なの?」
「ちっとも偉くなんかないよ。突然どうしたんだい?」
「だって、さっき受付で面会予約は?なんて尋ねられたから慌てちゃった」
「それはカレンだな。彼女は真面目だからね。知ってる?The Carpenters(カーペンターズ)って」
「名前だけは聞いたことがあるような無いような…」
「そっか。彼女はカレン・カーペンター(Karen Carpenter)っていってね、お兄さんとデュオで70年代に活躍したんだ。すごく綺麗な歌声でさ」
 カレンは83年2月に摂取障害による急性心不全で、リッキーと同じく32歳にしてこの町に来たという。
「受付にもう一人いただろ?彼女はキャス・エリオット(Cass Elliot)。こっちは60年代に活躍したThe Mamas & the Papas(ママス&パパス)っていうグループで “ママ・キャス(Mama Cass)” って呼ばれて人気があったんだ。俺も彼等の音楽にはかなり影響を受けたよ」
 私が心の中で「どすこいさん」と呼んでいた彼女、“ママ・キャス” ことキャス・エリオットは本名をエレン・ナオミ・コーエン(Ellen Naomi Cohen)といい、グループ解散後はソロとしても成功を収めていたが、74年7月にこれまた32歳の若さで心筋梗塞を起こしてこちらにやって来たのであった。

janis.jpg Janis Lyn Joplin (January 19, 1943 – October 4, 1970)
carpenters.jpg Karen Anne Carpenter (March 2, 1950 – February 4, 1983)
mamas.jpg Ellen Naomi Cohen (September 19, 1941 – July 29, 1974) キャス・エリオット





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2023.07.13 19:07:43
コメント(0) | コメントを書く
[Heavenly Rock Town] カテゴリの最新記事


PR

Free Space

Recent Posts

Category

Keyword Search

▼キーワード検索

Headline News


© Rakuten Group, Inc.
X