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2013.11.03
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カテゴリ:Heavenly Rock Town
並んで階段を下りていた私達が一階に差し掛かったところで、階段の下にいた少しばかり神経質そうな男性にリッキーが声を掛けられた。
「LRの件は何とか間に合ったよ。俺の部下がバカなせいで急な仕事を押し付けてすまなかった。ソイツが言うにはお前、自分の用を後回しにして手伝ってくれたんだって?俺からも礼を言うよ」
「無事に片付いてよかったな。俺の用事ってのは仕事じゃなくて、彼女が来ることになってたからちょっと急いでただけなんだ」
 そう言ってリッキーは私を見て微笑んだ。二人の口振りから察するに、どうやら同僚のような、そこそこ親しい間柄のようである。男性の鋭い視線が向けられた私はややたじろぎながら軽く頭を下げた。
「珍しいな、お前が女連れだなんて」
 男性は冷めた眼差しで無遠慮に私の顔をじっと見詰めた。
「LRを連れてルーファスが来てるだろ、彼が読みたい本があるって言うから書店員の彼女にわざわざ届けに来てもらったんだ。彼女も以前ルーファスが連れて来た子でね、今から二人で彼に会いに行くところさ」
「ルーファス?嗚呼、あの悪魔のことか。アイツに会いに行くって、その子は生贄か何かか?」
「馬鹿言うなよ、シー。ルーファスはそこまで貪欲じゃないさ」
「…生贄はお前一人で十分だってことか?リッキー、社内の口さがない連中はお前が今の地位にあるのはあの悪魔と取引したからだって言ってるぞ」
 つい最近、同じような言葉を聞いたような気がする。いつだったか、どこでだったか…。私は懸命に記憶の糸を手繰った。
「この前もある女性から君と全く同じことを言われたよ。俺が悪魔と取引してるんじゃないかって。何かの映画でそういうのがあったらしいね。言いたい奴には勝手に言わせとけばいいさ。ルーファスは君達が思っているほど悪辣ではないよ」
 リッキーの言葉で思い出した。リジーの歓迎パーティーで、彼女がいきなり悪魔に魂を売った男の話をし始めて、悪魔と取引云々なんて言い出したんだっけ。それにしても悪魔と取引しただなんていう噂が立つくらいだから、やはりリッキーは相当位の高い役職にでも就いているのだろう。ということは、この痩せて神経質そうな男性も同じく偉い人なのかもしれない。
「お前が何と言おうと俺はどうもあの悪魔は信用出来ん。ま、俺はアイツと関わることがないからいいけど。リッキー、お前は人が好過ぎるところがあるから一応気を付けとく方がいいぞ。あと君も…」
「彼女はキオ、俺と同じアパートメントに住んでいるんだ」
 リッキーは手短に私を紹介した。
「宜しく、キオ。私は情報資源部のシー・ファローだ」
 ドイツ生まれのニュー・ウェイヴ・ミュージシャンであるシー・ファロー(Cee Farrow)ことクリスチャン・F・クルジンスキー(Christian F. Kruzinski)は93年5月、AIDSによる脳疾患で36歳にしてこの町へやって来たという。シーとリッキーが昵近そうなのは職位とかよりも同病相憐というか、同じ病に倒れた者同士だからなのかもしれない。自動車事故でこの町に来た者のみが集まるCCBのようなバーがあるように、ここでは同じ死因というだけで妙に親近感を持ってしまうのである。
「高崎樹央です。この近くのINTERZONEという書店に勤めています」
 差し出されたシーの右手をぎゅっと握ると、初めて彼がニヤリと笑った。
「御忠告に感謝するよ、シー。あ、それからあまりキツく部下を責めてやるなよ」
 私達はシーと別れ、1階のフロアに出た。ここから更にこのフロアを縦断しなければ、地下へ続く専用階段には辿り着けないらしい。全く外観どおりに建物内も広壮である。

「ルーファスがベテランミュージシャンを連れてきたから、今日はちょっとバタバタしてるんだ」
 リッキーはそれが誰であるか名前は出さなかったが、この時やって来たのは先程リッキーとシーとの会話の中でLRと呼ばれていたルー・リード(Lou Reed)であった。The Velvet Underground(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド)の中心的人物であり、また70年にバンドを脱退してからはソロとして活躍し続けていた彼は、肝臓移植による関連病のため71歳にしてこちらの世界へ仲間入りした。ここでは年老いて亡くなった者は霊魂が人間の形態に戻る際に壮年期の姿形で甦るという決まりがあるため、おそらく彼も若かりし頃の溌剌とした姿に戻っているのだろう。
「ちょっとリッキー!」
 またしてもリッキーが呼び止められた。今度は受付のどすこいさん、じゃなかったキャスからだ。受付嬢から随分と気安く呼ばれていることからして、やはりリッキーはそこまで偉くはないのかも!?
「さっきは彼女を案内してくれて有難う、キャス。で、何の用だい?」
「彼女、配達に来ただけかと思って立入許可証を発行してないのよ。まだ建物内にいるようなら今からでも手続きしてもらいたいんだけど」
 どうやら今回は私の関係らしい。本来ならば部外者の立入が固く禁じられているセンタービル内をこうして自由に歩いていることに、我ながら薄薄心配はしていたのだが…。
「もう少し彼女を案内する所があるんだけど、どうしても許可証が必要なのかい?面倒だなぁ」
「手続きするのは彼女の方なんだから、別にリッキーは何も面倒なことないでしょ。大体、次官である貴方がそんなことでどうするの!」
 リッキーは次官なのか。受付嬢に怒られる次官…。次官というのは一体どれくらいの地位なのだろう?課長、もしくは部長あたりかな?
「はい、そこの彼女、ちょっとこれに記帳してくれる?記入が終わったらこのパスを首から下げてちょうだい」
 私が記帳している間にキャスから許可証を受け取ったリッキーは、手続きが終了した私の首に許可証の紐を優しくかけてくれた。これでいよいよルーファスに会えるのだ。
 地下への専用階段は受付奥の、目立たない場所にひっそりとあった。一段一段、ゆっくりと階段を下りていく。懐かしさと緊張で鼓動が高鳴るのは、この世でもあの世でも変わらない。
「心の準備はいいね、入るよ」
「うん」
 私が固唾を呑んで見守る中、リッキーはルーファスのいる部屋の重厚な扉を厳かに4度ノックした。

ceefarrow.jpg Christian F. Kruzinski (September 4, 1956 - May 7, 1993) シー・ファロー
loureed.jpg Lewis Allan Reed (March 2, 1942 – October 27, 2013) ルー・リード





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Last updated  2023.07.04 19:40:50
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