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2013.11.09
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カテゴリ:Heavenly Rock Town
粛然と開かれた扉の向こうで革張り椅子に腰掛けていたルーファスは、冴え冴えしい水浅葱色の瞳をゆっくりと私達に向けた。無造作に肩まで伸びているウェーブがかった艶やかな黒髪。書斎机上に投げ出されている細身の長い脚。人間と何ら変わらぬ姿形でありながら、人間にしては美しすぎる形貌。正しく目の前にいるのは、4年前に私をこの世界へ連れてきた悪魔のルーファスであった。
「おや、誰と一緒なのかと思えば…HRT-319908823。久しぶりですね、キオ。二人共どうぞお入りください」
 ルーファスが最初にぼそりと呟いたHRT-319908823というのは、全住民が個別番号によって一元管理されているこの町での、私の番号である。驚くべきことに町の支配者であるルーファスの頭の中には、全住民の個別番号が正確に詰め込まれているらしい。さすが人外の悪魔だ。
 私はリッキーの後に続いて部屋へ入り、懐かしいトラディショナルソファに二人で腰を下ろした。4年前と全く同じ光景だ。
「彼女がちょうど書店に勤めていて、この本を配達してもらったんですよ」
 そう言ってリッキーは私が持って来た天界ガイド3冊を、全てルーファスの書斎机に置いた。
「キオ、この世界にも大分慣れましたか?」
 その内の1冊を手にとってパラパラと捲っていたルーファスが、ちらりと顔を上げて私に尋ねた。
「は、はい。リッキーのおかげで楽しく暮らしています」
「それはよかった。彼を貴方の世話役にしたのは正解でしたね。こちらに来たばかりの時とは表情が格段に違い、今は随分明るく見えます」
 私はリッキーと顔を見合わせた。私がここで楽しく幸せに過ごしているのは、紛れもなくリッキーのお蔭である。彼の優しい気遣いがあったからこそ、今まで平穏に暮らせてこれたのだ。感謝の意を込めて私がにっこり微笑むと、彼も同様に微笑み返してくれた。
「そういえば先日、倉橋充聡氏の話を聞きました。彼も “東の戦闘島” にすっかり馴染んでいるようです」
 倉橋君は現世にいた頃の私の恋人で、二人でドライヴしていた時に信号無視の対向車と衝突して一緒にこちらの世界へ来たのだ。ひょんなことから私はこの【Heavenly Rock Town】へ、彼は “東の戦闘島” と呼ばれる【Eastern Fighting Land】へと連れて行かれ、二度と会うことが出来なくなってしまった。ここでリッキー達と楽しく暮らしている間に、すっかり彼を思い出すこともなくなっていたが――。
「そうですか。彼も幸せに暮らしてくれているといいんですけど」
「どうでしょうね。知る人ぞ知るこの町No.2の実力者で、私の大切な友人でもあるリッキーを貴方の世話役にお付けしたように、彼の世話役にも同じくあの島の実力者の一人で、私のよく知る者を紹介しておきましたので大丈夫かとは思います」
「なッ…、そんなに凄い人なの!?」
「ええ、倉橋氏も初めに紹介した際には目を丸くしていました。貴方も御存知ですか、森蘭丸君を」
 は!? 森蘭丸!? 森蘭丸ってあの織田信長の側近で、本能寺の変でまだ10代の若さで討ち死にしたという、あの蘭丸!? 日本人なら誰もが知っている歴史上の有名人が倉橋君の世話役を!? そりゃ確かに倉橋君もさぞ驚いたことだろう。
 だが私の驚きはそこではなかった。リッキーがこの町のNo.2であることの方に仰天したのだ。ええええーッ?この4年間ほぼずっと一緒にいるが、そんなに凄い人だなんて一度たりとも、微塵も感じたことがなかった。リジーやシーの言っていた、リッキーが悪魔と取引したという噂の意味を、ここにきてようやく飲み込めた。No.2って…こんなに温和で権力とは何等無縁そうなリッキーがこの町の実力者?嘘でしょ…?

「ところでリッキー、例の件は解決しましたか?」
 混乱している私をよそに、この町の支配者と権力者は違う話をし始めた。
「いや、なかなかそう直ぐには。一応全員の情意考課には目を通してみましたが、特に怪しい者はいないようですし」
「それはその評価を下した人間が無能なだけでしょう。人物こそ特定出来ませんが、誰かが君を失脚させる機会を虎視眈々と窺っており、その機会が間もなく訪れようとしていることまで私には見通せるのです」
「ルーファスが心配してくれるのは有難いのですが…。俺は元々地位や権力なんてものには然程興味がないので、今の立場を失なったところで全く問題はありません。俺の代わりをその者が務めてくれても一向に構わないとさえ思っています。唯一、君との接点が無くなることだけが寂しいぐらいで」
 どうやらリッキーの地位を狙っている人物がこのセンター内にいるらしい。現世だろうが天界だろうが、やはり権力欲の強い人間というのはどこにでもいるものなのだ。
 それにしてもリッキーの発言は普段から知っている彼のままのもので、私は安心した。リッキーは悪魔と取引だなんて怖ろしいことをしてまで権力にしがみつこうとするタイプでは、決してないだろう。
「いいえ。君の代わりは誰にも務まらないですし、そのようなことはこの私が断固として認めません。君の尽力無くして住民情報一元管理システムの構築は不可能でした。もし仮にこの問題をそのまま放置し、他の誰かに管理責任を任せるようなことになれば、システムは直ちに綻び始めるでしょう。頑ななまでに公平無私で、貝のように口の堅い君が今の地位にいてこそ、私は安心してこの町を支配出来るのです。君に逆らう者は私に刃向かうも同じです。いっそ私が直接手を下せれば今すぐにでも片付くのですが…」
「ルーファス、何をする気か知らないけど、それだけは絶対に駄目だ」
「そうですか。全住人の心を覗いて不満分子を焙り出し、ちょっと祖父の下へ送ってやろうと思っただけなのに」
 ルーファスの祖父というのは、神に叛逆した堕天使の成れの果てである悪魔・ルシファーである。イタリアの詩人・ダンテ(Dante Alighieri)の代表作である『神曲(La Divina Commedia)』によると、ルシファーは地獄の第九圏で氷の中に幽閉されているという。そこは裏切り者が落とされる地獄の最下層で、ルシファーはイエスを裏切ったユダ、カエサルを裏切ったブルータスとカシウスをずっと噛み締めているのだとか。私の目の前にいるこの二人に逆らうと、死以上の苦しみを味わうことになるらしい。
「冗談でも人の心を覗くだなんて考えるのはやめてくれ」
「君は私に心の中を覗かれると何か不都合でもあるのですか?」
 そんなことはないけど、とリッキーは苦笑しながら否定したが、今ひとつ歯切れが悪かった。じゃあ覗いてもいいですね?と追討ちを掛けるルーファスは、やはり正真正銘の悪魔だ。
「好きにどうぞ。だけど君の胸に畳んでおいてくれよ。全く、とんだ藪蛇になったもんだ。まぁ、この件は俺が早目に何とかするから」
 ルーファスは本当にリッキーの心の中を覗いているのか、その淡く優しい水浅葱色の澄んだ瞳で、暫らくリッキーの顔を見詰めていた。
「問題解決の手掛りは君の方で既に掴んでいるようですので、お任せしますよ。それよりも君はもっと大きな問題を心に抱えているようですね。そちらの件に関しても、何なら私が即座に解決して差し上げますが?」
「Thanks, but no thanks!! (遠慮しておくよ!)」





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Last updated  2023.07.04 19:53:29
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