カテゴリ:Heavenly Rock Town
ルーファスとリッキーのやり取りは物の数分で終了したが、その内容は私にとってかなり衝撃的であった。
リッキーが実はこの町でかなりの地位にあるらしいこと、その地位が脅かされようとしているらしいこと、仕事以外でも問題を抱えているらしいこと――。この4年間、私は常にリッキーの身近にいた。そして彼の表面上のごく僅かな部分しか知らないにもかかわらず、浅はかにも彼のことを十分理解していると思い込んでいた。何故今まで教えてくれなかったのだろう?私が信用出来ないから…? 「キオ」 俯き加減で考え込んでいた私がルーファスの呼声でふと我に返って顔を上げると、リッキーの心の中を覗いていたであろう時と全く同じように、じっと私の顔を見詰めていた。 「リッキーは良くも悪くも非常に口堅い人間です。故に私は彼を信頼し、重用しているのですが、そのせいで大切な人間を傷付けてしまうこともあるようなのです」 いきなり何を言い出すかと思えば…。ルーファスは明らかに私の胸中を読んだに違いない。口堅さ故に大切な人を傷付けてしまう――確かに彼にはそういうところがある。リッキーの妹・シンディに対してもそうだったように。 リッキーは生前、バンド仲間にして学生時代からの親友であったキース以外には、最期まで誰にも自らの病気のことを打ち明けなかった。そのことでシンディは大きなショックを受け、心にトラウマを抱えてしまったという。リッキーは決してシンディを軽んじていた訳でも、信用してなかった訳でもなかっただろう。むしろ愛していたからこそ、自分のことで余計な心配や苦悩を与えたくなかったのではないかと第三者的には思うのだが、シンディからしてみれば得心が行かないのも当然であった。 「貴方がリッキーのポジションを知り、驚倒されたのも無理はありません。ですがそうでもしないと彼の職務は到底務まりませんし、この町の機密が漏洩し兼ねないのです。貴方もここで耳にした私達の会話は一切口外無用ですよ」 「はい、分かりました」 私は力強く頷いた。 「キオ、どうかこれからもリッキーの傍らにいて彼の孤独を癒してあげてください。また近いうちにお会いしましょう」 「色々と嫌なことを聞かせちゃったね。驚かせてゴメン」 ルーファスの隠れ部屋を退室して開口一番、リッキーは済まなさそうに私に詫びた。地位や権力といったものは、彼にとって嫌なことに当たるようである。無欲恬淡な彼らしい物言いだ。 「大丈夫。だけど正直言うとかなりビックリした」 「うん、まぁ…そうだよね」 「でもどれだけ偉い人だろうがリッキーはリッキーだもん。今までどおりにあの…仲良くしてくれる?」 「馬鹿なこと言うなよ、当たり前じゃないか。じゃあ俺もキオに聞くけどさ、これからも変わらず傍にいてくれるかい?」 「勿論よ。私なんかでよければずっとずっと、ずうーっとリッキーの傍にいたい」 「ドモアリガト、キオサン」 あはは…。折角の甘い会話も、リッキーの照れ隠しだろうと思われる怪しげな日本語ですっかり有耶無耶になってしまった。 私達は地下への直通階段を上がって1階の受付へ行き、私が首から下げていた許可証を返却してから建物を出た。 「遅くなったけどお昼にしようか。イアンがね、配達料代わりに君に美味い飯でも奢ってやってくれって。何が食べたい?」 「んー…リッキーのおすすめが食べたい」 「そっか、じゃあ俺がいつも行ってる店でいいかな」 とリッキーに連れられてやって来たのは、情報センタービル前の大通り隔てた斜向うにある “Wilburys Grill & Bar” という名の瀟洒な店だった。 店内はカントリー風でありながら非常に洗練されていて、センスの良さが感じられた。ここに来ると何となく心が落ち着くんだよね、とリッキーが言うのも頷ける。テーブル席に空きが無さそうなので、私達はカウンター席に並んで腰を下ろした。 「俺はここのナチョスが好きなんだけど、キオはパスタでもサンドウィッチでも何でも好きなものを注文しなよ」 ナチョスとはとうもろこしの粉からできたトルティーヤを三角形に切って揚げたトルティーヤチップスに、チリコンカンや炒めたひき肉をのせ、チーズをかけて焼いたものだ。日本で暮らしていた頃にはメキシコ料理とは全く縁がなかった私も、この町で大のメキシカンフード好きのリッキーと一緒にいるうちに何となく身近な味になってしまった。だがせっかくリッキーがそう言ってくれたことだし、ここは素直にBLT(ベーコン、レタス&トマト)サンドウィッチをチョイス。 「OK。ロイ、BLTサンドとナチョス、それにベイクドポテトスープを二つ頼むよ」 カウンターの中でロイと呼ばれた男性がニッコリ笑って頷いた。 「リッキー、今日は珍しく女性連れかい?」 ロイの後ろでグラスを棚に並べていた男性が、振り返ってリッキーに声を掛けた。 「やぁジョージ。彼女は同じアパートメントに住んでるお隣さんなんだ」 「た、高崎…樹央です」 自分でもはっきりと分かるくらい声が上ずってしまった。だってこの人ってあの偉大な… 「やぁキオ。僕はジョージ、ジョージ・ハリスン。でもって彼はロイ・オービソン。二人でこの店をやってて、リッキーとは開店当初からの付き合いさ」 やっぱり!あの偉大なThe Beatles(ビートルズ)のリード・ギタリストだったジョージ・ハリスン(George Harrison)!まさかあのジョージと言葉を交わせる日が来ようとは! ジョージと共にこの店を開いたロイ・オービソン(Roy Orbison)が、52歳にして心筋梗塞でこちらの世界へ来たのは88年12月のこと。それから13年後の01年11月、ジョージが58歳でこの町へやって来た。脳腫瘍、肺癌、喉頭癌の合併症という何とも痛ましいものだったそうな。 二人の関係は店名からも分かるように、共にTraveling Wilburys(トラヴェリング・ウィルベリーズ)という覆面バンドのメンバーであった。このバンドはジョージ、ロイ、そしてボブ・ディラン(Bob Dylan)、ジェフ・リン(Jeff Lynne)、トム・ペティ(Tom Petty)の5人によりひょんなことから88年に結成されたが、各自所属レコード会社が異なるためメンバーは全員 “ウィルベリー姓の兄弟(4人より若干年齢が下のトムだけ、当初は親戚だった)” という設定になっている。88年にリリースした1stアルバムは翌年のグラミー賞にまで輝いたが、2ndアルバムレコーディング中にロイが急死。90年に出た2ndアルバムはロイを除く4人のウィルベリー兄弟によって制作された。 「おまたせリッキー、ベイクドポテトスープだよ」 「有難う、イアン」 美味しそうなスープを運んできたこのウェイターもまた、ウィルベリー兄弟の1stアルバムに1曲のみだが参加している元King Crimson(キング・クリムゾン)のドラマー、イアン・ウォーレス(Ian Wallace)であった。彼は07年2月に食道癌によって60歳でこの町の住人になっている。 更に店内を見渡せば、何と驚くべきことに彼(か)のゲイリー・ムーア(Gary Moore)までもがウェイターとして、不慣れな手付きで客のグラスにワインを注いでいた。 新たにこの町に来た者は全員2年ないし3年の間、公共事業に就くことが定められているが、11年2月に心臓発作で58歳にしてこの町にやって来たゲイリーは、どうやらその務めを終えてこの店で働き始めたらしい。やはりゲイリーも彼等の2ndアルバムに1曲だけ参加した縁からだろう。 美味しい料理やアットホームな雰囲気も然ることながら、ジョージ達とのお喋りもとても楽しく、つい長座してしまった。書店に帰った私は、わざわざ店まで送ってくれたリッキーと共に今度はイアンから小言を食う破目に…。 George Harrison, MBE (February 25, 1943 – November 29, 2001) Roy Kelton Orbison (April 23, 1936 – December 6, 1988) Ian Russell Wallace (September 29, 1946 – February 22, 2007) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.07.04 20:08:49
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