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2013.11.25
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カテゴリ:Heavenly Rock Town
午後7時。店の前を煌々と照らす街灯の下で落葉が華麗に舞い踊る様を、私はいつものようにカウンターの中からぼんやりと眺めていた。今夜は風が一段と強いようで、大通りを行き交う人々は落葉のダンスに目もくれず、コートの前を押さえながら俯きがちに歩いている。
 例年この時期になると必ず勤め帰りのリッキーが店に立寄って一緒に帰ってくれるのだが、近頃は一人で帰宅する日が多い。彼は多忙なのだ。その理由は私も知っている。誰かがリッキーを失脚させようと策動しているため、彼はその犯人探しをこの町の支配者・ルーファスから命じられているのだ。嗚呼、ほんの僅かでも彼の力になれたら――。
 帰り支度を済ませ、店長のイアンに挨拶して店を出た途端、吹き付ける強風に思わず身を屈めた。こんな寒い夜に一人ぼっちで帰るのはやはり寂しいが、苦境に立つリッキーのことを思えばこの程度の寒風如きで甘えたことは言っていられない。
 皆と同じように俯き加減で歩いていると、前方に見慣れた男達の後姿が見えた。私は小走りで男達に近付き、声を掛けた。
「ベン、ロブ、二人とも今帰り?」
 同じアパートメントで暮らしているベンとロブだ。二人は同時に振り返った。
「ん?何だキオか。今日はリッキーと一緒じゃないのか」
 煙草を銜えながらベンが私の問いをすっ飛ばして問うてきた。
「うん、何だか近頃はリッキーも忙しいみたいで」
「やぁキオ。僕達もさっきそこで偶然一緒になって、これから二人で夕飯でも食べに行こうかって話をしてたんだ。よかったら一緒に来る?」
 ロブの誘いに私は二つ返事で頷いた。

 アルコールも入って程よく身体が温まった私達は、アパートメント前の通りに差し掛かったところで意外な男女を目にした。リッキーとリジーだ。どういう訳か二人はまるで恋人同士のように腰に手を回して寄り添っている。更に信じられないことに、別れ際には濃厚なフレンチキスまで交わしているではないか。一体これはどういうことなの!?
「なッ…!」
 ベンは驚きのあまり声を挙げそうになった私の口を片手で塞ぎ、もう片方の手でリッキーに詰め寄ろうとしたロブのコートの襟元を素早く掴んだ。
「二人共落ち着けって」
「…分かったから手を離せよ。なぁベン、リッキーってゲイだろ?なんだって彼女とあんな…」
 リジーに想いを寄せているロブは、リッキーに対する嫉妬交じりの怒りで語気を荒げた。
「そりゃいくらゲイだっておやすみのキスぐらいはするだろ」
「そうかもしれないけど、さっきのはどう見てもただの挨拶程度の口付じゃなかったし」
 今度は私がベンに反論した。確かにおやすみのキスなら私だってしてもらったことはある。でもいつだって額や頬にそっと唇を当てるだけで、あんなに濃厚な口付など一度もない。てっきり私が女だから相手にしてもらえないものとばかり思っていたが、まさかリジー相手にあんな…。
「ロブもキオも俺に八つ当たりするなよ。たかがキスぐらいでお前らそうカッカすんなって」
 ロブはあまりの怒りからかベンの言葉など耳に入らないらしく、別れの挨拶もせず一人でさっさと部屋に戻ってしまった。
「マズいな…ロブの奴、本気であの女に惚れてやがる。ま、奴のことは一先ず置いといてだな、キオ、お前はちょっと一緒に来い」
「えッ!? ちょ、ちょっとベン…」
 何だかよく分からないままベンに腕を引っ張られて連れて来られたのは、リッキーの部屋の前だった。
「おいリッキー、俺だ、入るぞ」
 リッキーの部屋のドアは施錠されておらず、私達は勝手に部屋へ上がりこんだ。だがリッキーはまるで私達の来訪を待ちわびていたかのように、笑顔で迎え入れてくれた。
「二人して突然、どうしたんだ?コーヒーでも淹れようか?」
「どうしたもこうしたもお前、あんな人目に付く所で女とイチャイチャしやがって。ロブは相当御立腹の様子だし、キオだって見てみろよ、ショックで今にも死にそうな顔してるだろ。まぁ既に死んでるけどな」
 おそらく今の私の顔は嫉妬で醜く歪んでいるのだろう。ベンの冗談に笑う余裕もないほどに。
「ん?ああ、リジーのことか…。あの場に君達もいたんだ」
 リッキーは全く動ずる風もなく、普段と変わらぬ穏やかな口調で答えながらコーヒーを注いだカップを私達に差し出した。
「俺を陥れようとしている奴の話なんだけどさ、一応何人かに目星を付けて罠を仕掛けてみたんだ」
 ベンが一瞬横目で私の表情を伺ってから、何か言いたげな目でリッキーを見た。
「いいんだ、ベン。この件でルーファスと俺が話しているのをキオも聞いて、もう知ってるんだ」
 どうやらリッキーは親友のベンにだけこの話を打ち明けていたらしく、私だけが除け者だったようだ。とはいえ仮に私がリッキーの立場だったとしても、やはり女の子に相談したりはしなかっただろう。
「これが見事に全員見当違いでね、参ったよ。だけどふと思い出したんだ、リジーが歓迎パーティーで唐突に妙なことを口走ったよなって」
「ああ、確かクロスロードで悪魔に魂を売った男の話だろ。俺もこの女突然何言ってんだとは思ったぜ。尤もその後にお前が言ったことも全然意味が分かんなかったけどな」
 あれ?ベンもリジーが越して来た時は思いっきり鼻の下を伸ばしてたくせに…。
「俺が悪魔と取引してるなんて話を初めて耳にしたのはあの時だったんだ。だからさ、駄目元で彼女に当たってみようと思って。あの時俺が口にした誘惑の悪魔の台詞そのままに」
 そういえばパーティーの後でリッキーに何の台詞か尋ねたら、ゲーテの『ファウスト』に出てくる悪魔の台詞だと教えてくれたっけ。どんな台詞だったか全く覚えてないけど。
「彼女も俺も何とかして相手から情報を得ようとして、狐と狸が我武者羅に化かし合っていたところをちょうど君達に目撃されたって次第さ。まぁさっきのキスはちょっとやりすぎだったかもな」
「ちょっとどころじゃねえよ。ロブの奴、血相変えてお前に突っ掛って行こうとしたんだぜ。キオだって…なぁ」
 こういう場面になると、決まってベンは私の味方になってくれる。以前リッキーが私と一緒になるなんて有り得ないと否定した時も、悄気てる私に代わってベンが抗議してくれたり。ベンには人の心の痛みが分かる繊細さと優しさがある。
「嫌な思いをさせて悪かった。だけどロブにはもう少し黙っていてくれるかな?この問題が解決したら直ぐに詫びるつもりさ」
「分かってる。お前も大変だな。リッキー、俺でも力になれることがあったらいつでも言ってくれよ。ま、キオもそういうことだから気にすんなって」
「有難う、ベン。その時が来たら遠慮なく助けてもらうよ」
 ベンは残り僅かなコーヒーを最後にぐいっと喉に流し込んでソファから立ち上がると、邪魔したな、と言い置いて先に帰ってしまった。彼なりに気を利かせてくれたのかもしれない。
「こんな下らないことに君まで巻き込みたくはなかったんだけど…。本当に情けない、ゴメン」
「ううん、私の方こそ…」
 一瞬でもリッキーを疑ったのは、私自身に疚しい過去があるからだ。嘗て私がバーで知り合ったヴィクトルとの恋に夢中になった時、リッキーは何も言わずに見守ってくれた。それなのに私はたった一度リッキーが女性と口付けしたぐらいで責め立てて。情けないのは私の方だ。
「私の方こそ、こんな遅くにお邪魔してごめんなさい。私にも何か出来ることがあれば何でもする」
「その気持ちだけでも十分嬉しいよ。有難うキオ。さあ、今日はもう遅いからおやすみ」
 ドアまで送ってくれたリッキーはノブに伸ばしかけた手をスッと引っ込めると、ちょっと困ったような顔で苦笑した。
「どうやら俺もルーファスみたいに相手の心が読めるようになったらしい」
「えッ!? それってもしかして私の心が読めたってこと?」
「うん」
「ホントに?じゃあそれが正解かどうか試しに言ってみて」
「言葉にするよりもさ…」
 ―― リッキーが取った行動は見事に当たった。正解は “(リジーのように私にも)唇におやすみのキスをしてほしい!” であった。但しカッコ内の部分は読めなかったのか、或いは故意に省かれたのか、答え合わせは一瞬で終了した。





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Last updated  2023.07.13 19:20:51
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