カテゴリ:Heavenly Rock Town
「あッ!あの人…」
私はテーブルの下でリッキーの袖を軽く引っ張った。 「ん?どの人?」 不思議そうな顔でリッキーが私の視線の先を辿る。釣られてシーとランディもくるりと振り向き、同じように私達の目線を追った。 「出口に向かっている連中の一番後ろ。あの黒いスーツの人」 「ああ、ジミーか。彼がどうかした?」 男性はリッキーの知っている人物らしい。おそらく彼も情報管理センターに勤めているのだろう。ということはあのジミーという男性は、リジーにリッキーが悪魔と取引云々などと吹き込んだ相手なのかもしれない。 「彼は私の部下でジミー・マクシェインという者だが、彼が何か?」 どうやらシーの部下らしい。 イタリアのニュー・ウェイヴ・バンド、Baltimora(バルティモラ)のフロントマン兼ヴォーカルであったジミー・マクシェイン(Jimmy McShane)は元々北アイルランド出身で、95年3月にリッキーやシーと同じくAIDSによる合併症で37歳にしてこの町へ来たという。 「今朝リジーと…あ、いえ、ごめんなさい。何でもないの」 ジミーという男性がリジーと一緒にいたことを少しでも早くリッキーに伝えたかったが、シーとランディの前で言うのもどうかと思い、私は言葉を引っ込めた。ただリッキーにだけには感付いてほしかったので、わざとらしくリジーの名を出したのだが…。果たして伝わっただろうか。 「キオちゃん、今朝 “Aaliyah” に寄った際に見たんじゃないか、アイツが女連れだったのを。その彼女が今言いかけたリジーって女性なのかな?」 「えッ!?」 ランディが見事に言い当てたので、私は飛び上がらんばかりに驚いた。ひょっとしてランディもルーファス同様に相手の心が読めるのかしらん? 「ジミーがリジーと一緒に?キオ、ランディの言ったことは本当かい?」 リッキーもかなり驚いたようで、真顔で私に尋ねた。 「うん、彼の言ったとおり今朝リジーとさっきのジミーって人が並んで歩いているところを見たの。それにしてもランディ、どうして私の言いたかったことが分かったの?」 「実を言うと今朝キオちゃんがアイツらを熟視してた時、俺すぐ後ろにいたんだよね。俺ん家の近くだったし。前を歩いてた女の子が急にまじまじと通りの向こう側を見始めたものだから、何かあるのかと思って俺もチラッと目を遣ったらアイツが女と並んで歩いてたって訳。まッその時は気にも留めず追い抜いて行ったんだけどさ。今、キオちゃんを紹介されて、そういえば今朝の女の子って君じゃなかったっけ?って思い出したんだ」 まさかランディに見られていたとは。そういえば彼はHM/HRのギタリストだったので、“Aaliyah” の近くに住んでいてもおかしくはない。 「ジミーのヤツ、近頃やたらとミスが多いのは女に現を抜かしているからなのか。この前もLRのデータを消失させたしな。幸いリッキーの助力で事なきを得たが」 シーの会話に耳を傾けていたリッキーの表情が、途端に険しくなった。私が知り得ないリッキーの別の顔。情報管理センター次官の顔付になっている。 「ひょっとするとバックドアを仕掛けるために態とミスしたのかも…。ランディ、悪いけどこれからすぐに取り掛かってもらいたい仕事が出来たよ」 「そりゃいいけど何か心当たりでもあるのか?」 「詳しいことは情報センターに戻ってから説明する。嫌な予感がするんだ」 リッキーはテーブルの上に置かれていた菓子箱を掴むと、そそくさと腰を上げた。シーとランディも彼に続く。 「俺達はそろそろ戻るよ。情報提供と菓子の礼として、紅茶代は俺が持つから。また今度ちゃんと御礼するよ。有難うキオ」 「あ、私ももう帰る。リッキーの力になりたかっただけだから、御礼なんていいの。早く問題が解決するといいね」 「そうだね。早く解決しないといけないな」 私も立ち上がり、リッキー達の後に付いて店を出た。 じゃあここで、と店の前で3人と別れた私は、書店に戻ってからも彼等の会話を心の中で反芻した。ジミーとかいう男がリッキーに何かを…バックドアとか何とか…それを仕掛けたかもしれないなんて言ってたけど。バックドアってまさか爆弾とかじゃないよね。大丈夫かなぁ、リッキー。 ――ちなみにバックドアとは、システムを外部の者が自由に操作できるようにするための仕掛けのことだが、コンピューターに疎い樹央がそのようなIT用語を知っているはずもなかった――。 日もとっぷり暮れ、間もなく閉店時間を迎えようとしていた時に異変が起こった。 「あれッ、どういうこと?」 本来ならば支払は体内チップ認証決済端末機に指で軽く触れるだけで完了するのだが、どうしたことか端末機が全く反応しない。 「少々お待ちください」 私は客に断ってから慌てて店長のイアンを呼び、端末機の不具合を説明した。 「今迄一度もこんなことはなかったのにな。今回は取り敢えずこれで処理しよう」 とイアンがレジ机の引出しの奥から取り出したのは、全く使用した形跡のない古ぼけた伝票だった。それ自体は引出しを開ける都度目にしていたが、何のためにあるのか気にしたことすらなかった。 「すまないがこれにサインしてもらえるかな。それとここに個別番号を」 イアンは日付、商品名、数量と金額を書き込んだ伝票を客に向け、ペンを手渡した。 「昔はよく使ってたよな、これ」 そう言って客は懐かしそうに伝票にサインした。かなり以前からこの町にいるのだろう。そういえば店長のイアンだって既に30年以上も前からここの住人である。伝票をチラリと覗いて見ると、“Paul Kossoff” と記されていた。 英国のロック・バンド、Free(フリー)のギタリストであったポール・コゾフは76年3月、ドラッグ関連の心臓疾患で25歳にしてこの町へ来ている。イアンより4年も先輩だ。 客が帰った後、イアンに言われて端末機の件で情報管理センターに電話してみたものの、回線が非常に混雑しているとかで「暫く経ってからお掛け直しください」というテープの音声が流れるだけだった。おそらく一斉に端末機の不具合が発生しているに違いない。店側ではなくセンターの方で何かトラブルが起こったのだろう。もしかして昼間リッキー達が話していた件と関連があるのでは!? James McShane (May 23, 1957 – March 29, 1995) Paul Francis Kossoff (September 14, 1950 – March 19, 1976) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.07.04 20:34:36
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