カテゴリ:Heavenly Rock Town
端末機が使い物にならないため、イアンの判断で早目に店を閉めた。何となくリッキーのことが気掛かりなので情報管理センターに寄ってみようかとも思ったが、このような非常時に行った所で相手にしてもらえるはずもない。私は早足で自宅に戻り、普段滅多に見ることのないテレビを点けた。
この町のテレビチャンネル数は三つしかなく、一つは音楽番組でもう一つがニュース、残る一つは何故だが地上で制作された各国の古い映画やドラマが流れている。即座にニュース番組にチャンネルを切り替えると、ちょうど端末機トラブルの件について報道していた。 どうやら町の全端末機が今猶不通らしい。住民の収支を一元管理している情報管理センターの担当者によると現在原因を究明中で、判明次第早急に回復に努めるとのことであった。 ニュースを淡々と伝える男性キャスターはどことなくミュージシャンらしからぬ雰囲気で、イギリス英語だからそう感じるのか、或いは単に職業柄なのか非常に紳士的である。住民の中には私のような一般人も結構いるので、彼もそうなのかもしれない。 ソファに座ってニュースを見ているとインターホンが鳴った。出てみるとベンとボヤンだった。 「端末機が使えねぇからどの店も閉まっててよ、ベンも俺も夕飯を食いそびれちまって。二人とも冷蔵庫の中にあるのはビールぐらいなモンでさ。何か御馳走してもらえねぇかと思って図々しく来ちまった」 「悪いな、キオ」 ベンもボヤンも普段はほとんど外食なので仕方がないだろう。とはいえ私も今晩は茶漬で済ますつもりだったのだが…。以前安売りで買ったものの酢がキツすぎて全く口に合わなかった、ちらし寿司の元の残りでも使うとするか。 「和食でもいいなら構わないけど。だけど和食といっても『和音』みたいに立派な料理じゃないし、全然美味しくないよ」 「No problem!食わせてもらえるだけでも有難い」 とベン。 「今から御飯を炊くから30分ぐらい掛かるけど、いい?」 「No problem!俺達いい子にして待つぜ。なあ、ベン」 ベンとボヤンにはリビングで待っていてもらい、私はキッチンで米を研いで炊飯器のスイッチを入れた。ついでに3人分のコーヒーを淹れてリビングに戻ると、二人は熱心にニュースを見ていた。 「このニュースキャスターってミュージシャン?」 ベンとボヤンにコーヒーカップを手渡しながら尋ねてみると、ボヤンが若干呆れたような口調で答えてくれた。 「は?知らねえの?…ま、知らねえのも無理ないか。彼はビートルズのマネージャーだった奴さ」 成程、マネージャーなら納得がいく。彼の名はブライアン・エプスタイン(Brian Epstein)。英国リバプールでレコード店を営んでいたブライアンは、来店客がビートルズのレコードを注文したことから彼等に興味を持ち、演奏を聴いて自らマネージャーを申し出たという。だが67年8月、32歳でアスピリンの過剰摂取によりこの町へ来たらしい。彼の死がバンド解散の重要な要因になったとも言われているのだとか。 刺激がなく退屈なこの町で突然起こった今回のトラブルは、まるで未曾有の大災害でも発生したかのように報道されている。情報管理センタービル前からの中継では怒り叫ぶ人達が映し出されているが、彼等もまた夕飯を食べ損ねでもしたのだろう。一際大声を張り上げている男性はQuiet Riot(クワイエット・ライオット)のケヴィン・ダブロウ(Kevin DuBrow)に見えた。彼は07年11月、コカインのオーバードースにより52歳でこの町に来ているはずである。彼は嘗てバンド仲間だったランディがそこで働いているのを知らないのかしら。 「何が “静かなる暴動(Quiet Riot)” だよ。煩く騒いでるだけじゃねえか」 なかなかボヤンも上手いことを言う。座布団を1枚差し上げたいところだが、ユーゴスラビア生まれの彼に通じるはずもない。 またスタジオでは、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)町長がセンターの危機管理能力の無さを鋭く批判している。言わずと知れた “the King of Rock and Roll” ことプレスリーは、77年8月に心臓発作(便秘という説も有)で42歳にしてこの町へ来た。彼は4期20年の長きにわたりこの町の町長を務めているが今回のようなトラブルは初めてだと言い、住民に対し冷静に行動するよう呼掛けるとともに、センターの対応のまずさ、延いては上層部の責任問題についてまで言及し始めた。 以前ルーファスが口にしたリッキーを失脚させる罠というのが、今回の騒動のことなのだろうか?だとしたら今頃リッキーは…。 「私、情報管理センターに行ってくる」 リッキーのことが心配で居ても立っても居られなくなった私はソファから立ち上がりかけたが、当然のことながらベンに止められた。 「やめとけって。今お前が行ったところでリッキーに会えるはずもないし、大体何しに行くんだ?アイツのような暴徒と見做されるだけだぜ」 ベンはテレビに映し出されているケヴィンを指差しながら肩を竦めた。 「だって心配なんだもん。こうして家でじっとしてるより、少しでもリッキーの近くにいたくて」 「…気持は分からなくもないけどよ、まぁ落ち着け。取り敢えず飯を食ってからにしようぜ」 「“C'est la soupe qui fait le soldat.(腹が減っては戦ができぬ)” ってのは確かナポレオンの言葉だったっけ?まずはとにかく腹拵えだ」 前にリッキーがゲーテの『ファウスト』の台詞をスラスラと引用した時もそうだが、ボヤンがナポレオンの格言(それも仏語!)を会話にサラリと挟んだことに感心した。ミュージシャン連中は意外と――なんて言ったら失礼だが――教養のある人が多いのかしらん。 私達は唯でさえ不味い、地上で売られていたすし太郎などよりも格段に味が落ちる市販のちらし寿司御飯を、プレスリー町長や胡散臭い評論家がセンター上層部を延々と誹議しているのを視聴しながら涙目で胃に流し込んだ。 Brian Samuel Epstein (September 19, 1934 – August 27, 1967) Kevin Mark DuBrow (October 29, 1955 – November 19, 2007) Elvis Aaron Presley (January 8, 1935 – August 16, 1977) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.07.04 20:39:22
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