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2014.01.01
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カテゴリ:Heavenly Rock Town
昔者、荘周夢に胡蝶と為る。栩栩然として胡蝶なり。自ら喩しみ志に適へるかな。周なるを知らざるなり。俄然として覚むれば、則ち遽遽然として周なり。
 知らず周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるか―。

「…キオ、目を覚ましてごらん」
「あれッ、リッキー?ここは…?」
「海の上だよ。気持ちいいだろ」
 海原に浮かんだボートのデッキチェアでいつの間にか転寝をしていた私は、リッキーに揺り起こされて目を覚ました。頬に当たる冷たい潮風が眠気を吹き飛ばしてくれる。辺りをキョロキョロ見渡してみたが、右も左も、前も後ろも真っ青な海原が広がる限り。これは一体…?
「水上にいるとさ、何もかもがどうでもよくなってくるんだ。ミュージシャンであるとか情報管理センター次官であるとか、ここだとそんな仮面は必要ない。俺はただの俺でしかない」
 こんなに生き生きとした男らしいリッキーを見るのは初めてのことだ。私の真横にいる彼の瞳は、ミラーサングラスの奥で少年のようにキラキラと輝いて見える。
「本当に最高の気分ね。ボートが好きだって言ってたリッキーの気持がよく分かるわ」
「だろ。君と一緒に楽しめて俺も嬉しいよ」
 私達は暫し無言で海を見詰めた。どこまでも続く、飲み込まれそうなほどに広大な海原は、太陽の光を浴びて眩い光を放っている。この黄金色に満ちた海面の美しさに比べ、女性達が大金を叩いて身に着ける宝石の輝きの何と貧弱なことか。
 嗚呼、リッキーは帆船で世界を回るのが夢だと言っていたが、こうして彼と二人きりでのんびりと水面を眺めて暮らせたらどんなに素晴しいだろう。
 ん?リッキーの…夢?
「ちょっと冷えてきたね。おいで、キオ」
 リッキーは私の腰に手を回して自分の方に引き寄せると、私の身体を優しく抱き締めた。リッキーの温もりに包まれて、私の身体は一瞬にして温まった。それどころか緊張しすぎて熱い。蕩けそう…いや蒸発してしまいそうだ。
 触れば火傷しそうなほど熱々になっている私の頬に、そっとリッキーの右手が触れた。じゅう…と焼き焦げる音はしなかったので、触れた手は大丈夫なのだろう。リッキーの美しい顔がまるでスローモーションのようにゆっくりと近付いてくる。私は目を閉じて心持ち唇を突き出した。これは夢?それとも現実?どっちにしろお願い、覚めないで!

 ――覚めた。
「如何でした、リッキーの夢の世界は?貴方の夢も少し混ざりましたが、お楽しみいただけましたか?」
 私はルーファスの部屋にいた。隣にはベンが、そしてその横にはルーファスと相変らず横たわっているリッキーの姿が見える。
「やっぱりリッキーの夢の世界だったの?あんなにはっきりと潮風の冷たさを…」
 潮風の冷たさもリッキーの身体の温もりも、あんなにはっきりと感じたのに。私は頬に手を当ててみたが、じゅうっという鉄板並みの熱さを感じるどころか生暖かい肌の感触があるだけだった。夢であったのならばせめて、リッキーの柔らかな唇が私の唇に重なるところまで見続けたかった。
「お前、本当にリッキーの夢の世界とやらに行ったのか?」
「よくは分からないけど…。夢というより現実そのものだった。リッキーとボートに乗ってたの。あんなに生き生きとしたリッキーを初めて見たわ」
「たったの5分かそこらで?」
「5分? 2時間くらい海の上にいたような気がするけど」
 私とベンの遣り取りを横目で見ていたルーファスが、人差し指でベンの額をちょこんと突いた途端、ベンの全身からガクリと力が抜けた。
「実際にベンにも体感させてあげましょう、リッキーの夢の世界を。私達はジャニスの淹れてくれたコーヒーでも飲みながら、二人の目覚めを待ちましょう」
 いつの間にかテーブルには見覚えのある高価そうなコーヒーセットが置かれてあった。
「貴方の国でしたかに蝶になった夢を見た男の話というのがあるでしょう、御存知ですか?」
「胡蝶の夢ですね。隣の国の有名な話です」
 胡蝶になってひらひらと飛んでいる夢を見た男が目を覚まし、果たして自分は蝶になった夢を見ていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか…という荘子の有名な説話である。中国文学まで知っているとは、この悪魔もなかなか博学だ。但し地理は苦手らしい。
「夢が現実か、現実が夢か、そんなことは別にどちらでもよいのです。生も死も、貴も賎も、全く同じことなのです。万物斉同、そこのところを彼は…リッキーはとてもよく理解しています。彼の夢からもお分かりいただけたでしょう」
 私はリッキーが夢の中で語った言葉を思い出した。ミュージシャンであるとか情報管理センター次官であるとか、そんな仮面は必要ない。自分はただの自分でしかないんだ、と。
「あの世とこの世では若干の違いはありますが、その変化を、その時々に自身の置かれた状況を楽しんで、幸せに暮らしていただきたい。天は貴方達人間に何一つ期待などしてはいませんが、この町の支配者たる私はそのことだけを願っています。さて、もうそろそろ二人とも夢から目覚める頃でしょう」
 周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。此れを之れ物化と謂ふ――。
 覚は覚、夢は夢。周と胡蝶は形に違いはあれど、己であることに変わりはない。万物が絶えざる変化を遂げようとも、本質において何ら変わりはないのである。この町で絶大な権力を誇る彼も、あらゆる柵を捨ててボートで一人のんびりと海を眺める彼も、どちらも同じリッキーなのだ。
 日頃地位や名誉といったちっぽけなモノのせいで疲弊させられているリッキーが、この願いをルーファスとの取引条件にした気持ちが痛いほど分かるような気がした。

「♪ It's been a hard day's night, and I been working like a dog. It's been a hard day's night, I should be sleeping like a log…」
 ベンとリッキー、私の三人は寒々しい夜の街を家路に向かって歩いていた。晴れ晴れとした表情のリッキーが珍しく、歩きながらThe Beatlesの “A Hard Day's Night” を口ずさんだ。歌うほどに気分がいいのか、それとも歌詞どおりに今夜はクタクタなのか…。おそらく両方だろう。
「今夜はぐっすり眠れるな」
 ベンがリッキーの肩に手を回した。どうやら酔った時だけではないらしい。ベンの癖なのかもしれない。
「それが、一番やっかいな問題がまだ残ってるんだよなあ」
「まだ何かあんのか」
「…ロブの誤解を解かなきゃ」
 そうだった!リジーに惚れているロブは、彼女とリッキーが濃厚なキスを交わしているところを目撃し、激怒したままなのだ。プレスリー町長がリッキーを失脚させようとした今回の事件のことは、ロブには話せない。ましてや実行犯のジミーの恋人だっただなんて、言えるわけもない。
「明日にでも俺が話を付けてやるよ」
「いや、これは俺から正直に話すべきだろう。気遣いに感謝するよ、ベン」
 心なしか重くなった足取りでアパートメント前の通りに差し掛かったところで、私達はこれまた意外な男女を目にした。ロブと…アリーヤだ、あの噂のスイーツ店の!リッキーとリジーに負けないくらい親密そうである。
 おやすみのキスをして帰っていくアリーヤが角を曲がった瞬間にベンが、少し遅れてリッキーと私も、部屋へ戻ろうと階段に足を掛けたロブのところまで猛ダッシュした。
「おい、ロブ!」
「あ、おかえりベン。リッキーとキオも一緒かい?…どうしたんだ、三人とも息を切らして」
「どうしたもこうしたもねえよ。お前、さっきの娘は?」
「ん?ああ、見られてたか。実は今日憂さ晴らしにパブで飲んでて仲良くなったんだ。あの娘アリーヤっていうんだけどさ、端末機騒動でパブから早々に追い出されもんだから俺の部屋に誘ったらOKしてくれて今まで一緒に飲んでたんだ。いいタイミングで騒動が起こってくれたよ」
 何も知らずに暢気なことを。
「お前、リジーのことはもういいのか?」
「リジー?ああ、昨夜のことはもう忘れたよ。今はアリーヤに夢中なんだ。そういえばリッキー、君はリジーとどうなったんだい?」
「え?俺?あ、俺とリジーは最初から別にどうも…」
「キオを悲しませるようなことをしちゃダメだよ。じゃあ三人とも、おやすみ」
 ロブが軽やかに階段を駆け上っていく。私達は顔を見合わせた。
「ははは、最後の難題もあっさり解決したな」
「うん、これで今夜は熟睡出来るよ」
「ロブって案外惚れっぽいのね」
 ♪ You know I feel alright. You know I feel alright….





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Last updated  2023.07.04 21:14:08
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