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2014.03.08
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カテゴリ:Heavenly Rock Town
日曜に行われた町長選では、事前アンケート調査の結果どおりビル・ヘイリーが20年ぶりの新町長に決定した。プレスリー前町長のようなカリスマ性はないが、元来町長などというものは地道に職務を遂行してくれそうな人が望ましいのであって、知名度やスター性は不要なのである。なんて、ジョン・レノンに投票した私が偉そうに言うのも何だが。ちなみにジョンは僅差で落選した。
「いらっしゃいま…リッキー!今日はもう仕事終わったの?」
 そろそろ閉店準備に取り掛かろうとした矢先に、リッキーがひょっこり店のドアから顔を覗かせた。
「ああ、久々に一緒に帰ろうと思って迎えに来たんだ。イアンもお疲れさん、ぼちぼち閉店かい?」
「よォリッキー、ドアを閉める前に外の札をCLOSEDにしといてくれ。ついでに施錠も頼む」
 レジカウンターで体内チップ認証決済端末機の売上データに目を通していたイアンは、顔を上げて正面のリッキーを見遣ってから、真横にいる私の方を向いてニヤリと笑った。
 イアンに言われたとおりに外のOPEN札を裏返し、ドアの施錠も済ませたリッキーはレジカウンターの上に置かれたままになっている本に興味を示した。先日イアンが読んでいたトマス・モアの『ユートピア』だ。
「リッキーもこの本を読んだことある?このあいだ店長がこの町とユートピアってどことなく似てるような気がするって」
「学生の頃に読んだよ。この町とユートピアは共産的な社会機構が上手く成り立ってる点で確かに似てるかな」
 パラパラとページを捲りながら答えるリッキー。するとイアンは書棚から別の本を抜き出してユートピアの横に置いた。
「それよりはこっちの方が近いかもしれん。一応この町の住人達の大多数も嘗ては芸術家の端くれだった訳だし」
「成程、ウィリアム・モリス(William Morris)の『ユートピアだより(News from Nowhere)』か。“人間は賃金や報酬のために働くのではなく、労働の報酬は生きることそのものだ” とか何とかいう…」
 リッキーは早速ユートピアだよりを捲り始めた。
「そうそう。“天国や来世の生活が、さながら現実そのもののように思えたので、この世の生活の一部にもなった” だなんて、モリスもこっちに来て驚いただろう。ま、そんなことはどうでもいいが、この町の仕組みはモアやモリス、ベラミーなんかの作品に影響を受けているのかもな」
 ベラミー作品というのは、エドワード・ベラミー(Edward Bellamy)の『顧みれば(Looking Backward)』のことである。
「言われてみればそうかもしれないね。まさか死後の世界がマルクス主義だったなんて、ソ連…じゃなかったロシアの人が聞いたらショック死するかも」
「案外、一日でも長く地上にいたくて皆が健康的な生活を送るようになったりしてな」

 もう上がっていいよ、とイアンに言われた私はリッキーと一緒に裏口から店を出た。3月上旬だというのに、まだまだ夜風は冷たい。微かに身震いした私に、リッキーは自分が身に着けていたマフラーを外して私の首にふわりと巻いてくれた。
「これで少しは温かくなるかな」
「でもリッキーが…」
「俺はそんなに寒くないから大丈夫だよ」
「有難う。寒くなったら遠慮なく言ってね」
 微笑みながら頷くリッキーのカバンの中には、先程購入した3冊の本が入っている。この町のシステムに影響を与えたのではないかとイアンが言っていた、モアとモリス、ベラミーの著書だ。
 この町の仕組みを作り上げ、支配者として君臨している悪魔のルーファスは、中国の荘子の説話も知っているほど地上の文学に造詣があるようだし、或るゲイポルノアクターに似てると言われただけでその人の名を勝手に拝借して名乗っているくらいなので、そういう書物に影響されてこの町を創造したというのも有り得る話かもしれない。
「ねぇリッキー、地上では社会主義国家は次々と崩壊したけど、この町もいずれ革命とか起きるんじゃない?」
「ソビエト連邦や東欧諸国みたいに?この町には独裁者がいないから心配ないよ。とはいえプレスリー前町長の例もあるから絶対にないとは言い切れないけどさ。キオも薄々感付いているかもしれないけど、天界は我々の肉体を霊界で再生する際にあれこれ細工してるんだ」
「自動翻訳システムみたいな?」
「それが最も分かりやすいものだけど、他にも生殖能力を喪失させたり、勤労意欲は高める反面、金銭欲や権力欲といったものはある程度削ってたり。東欧の社会主義国家が崩壊した原因の一端は、西欧のように豊かになりたいという欲だったって言われてるからね。まぁこの町は共産主義の利点と民主主義の利点をミックスさせて創り上げた、ルーファスが思うところの理想郷なんだよ。だから前町長のような欲の深い人間に対しては容赦しないんだ、この町のシステム維持のためにも」
「結局私達は悪魔に操られているってことなの?何だか急に怖くなってきた…」
「ごめん、嫌な話をしちゃったね。だけどルーファスは決して我々を操ったりしていないから、何も恐れなくていいんだよ。今迄どおり普通に暮らしていれば何の心配もいらない。ただ退屈ではあるけどさ、そこはキオが自分で何かに楽しみを見出すしかないけどね」
 リッキーもイアンもこの町は退屈だと言うが、私にはちっとも退屈ではなかった。憧れのリッキーとこうして一緒にいられること、店長のイアンや同じアパートメントで暮らしているベン(Benjamin Orr / The Cars)やロブ(Rob Fisher / Naked Eyes)、セルビア人ロッカーのボヤン(Bojan Pecar / Ekatarina Velika)達と仲良くしてもらえること、TVやPCの画面でしか見られなかったミュージシャンの方々と直に接することが出来ること――。ここでの生活全てがまるで夢のような輝きに満ちている。
 リッキーと腕を組むなり手を繋ぐなりして歩きたいものの言い出す勇気のない私は、代わりに彼のマフラーの両端をぎゅっと掴んだ。嗚呼、春はまだ遠い…。





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Last updated  2023.07.30 00:59:24
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