カテゴリ:Heavenly Rock Town
“(無政府)共産主義は、個人の発達と自由の最良の基盤である。これは、万人に対して個々人を闘争させる個人主義のことではない。人間の能力を十全に拡充させ、自分自身に生来備わっていることを良質に発達させ、知性・感情・意志を最大限実らせることを示しているのだ”
- Pyotr Alexeyevich Kropotkin 「なぁリッキー、クロポトキンって知ってるか?」 今夜もリッキーが迎えに来てくれるや否やイアンが尋ねた。二人はここ数日、ユートピア小説がこの町の仕組みに与えた影響について語り合っていたが、今日の話題は無政府共産主義を唱えたロシアの革命家、ピョートル・クロポトキン(Pyotr Kropotkin)のことらしい。自分達はアナキズムの思想を植付けられているのではないか、なんて話をしているようだ。 元々思索に耽るタイプであるイアンとリッキーは、この町についても色々と思うところがあるようで、何やら二人で熱心に話し込んでいる。だが能天気な私にしてみればこの町が共産主義だろうと資本主義だろうと、天国だろうが地獄だろうが全くもってどうでもいい話で、唯唯リッキーやみんなと一緒に楽しく暮らせればそれで十分幸せなのである。 二人の会話が一段落したところで、私達はイアンに別れを告げて店を出た。昨日あたりから春を感じさせる暖かさになっており、穏やかな夜風が心地よい。 「そういえばキオがここに来て随分経つけど、まだ一度も遠出したことなかったよね。よかったら今度の休みにでも一緒に行ってみないかい?」 おおッ、これってもしかしてデートのお誘いかしらん!? 「ホントに!? 行きたい行きたい!」 リッキーからの初めての誘いを断るわけもなく、まるでヘッドバンギングでもしているかの如く私は何度も首を縦に振った。 「OK。じゃあ社会科見学ということで郊外の農園にでも行ってみる?」 社会科見学?それってデートと言えるのだろうか?いやいや、何にせよリッキーと二人きりで出掛けるということは、完全にデートではないか。そう、誰が何と言おうとデートに違いない。 「う、うん…」 「社会科見学っていうのは冗談だよ。本当はジミーの様子を伺いに行こうと思ってさ」 「ジミーって…もしかして情報管理センターにいた、あのジミー?」 「ああそうだよ。彼には刑罰を科す代りに暫く農園で働いてもらうことにしたんだ」 リッキーを失脚させようとしたプレスリー前町長に唆され、情報管理センターのメインフレームに不正侵入して町中の決済端末機を一時的に麻痺させたジミー。センターを解雇されたという話は聞いていたが、まさか農夫になっていたとは。 「そういえばリジーはどうしてるんだろう?あの後すぐにまた引っ越しちゃったし」 ジミーの恋人だったリジーは、敵だと思い込んでいたリッキーの情報を探ろうとわざわざ私達の暮らすアパートメントに越してきたが、事件後すぐに出て行ってしまった。 「バイタリティ溢れる彼女のことだから大丈夫さ。それよりキオ、君がこの町に来たのは09年の9月だったよね」 「うん、09年の9月2日だけど…。突然どうしたの?」 「俺が君の世話役に就いてから彼此4年半が経過したわけだ」 「もうそんなになるんだ。何だかあっという間だった気がする」 並んで歩くリッキーの顔を見上げると、彼も私の目を見て柔和な微笑を浮かべた。 「実は世話役っていうのはね、3年から最長でも5年と決まっているんだ。もう十分この世界で暮らしていけるな、と世話役が判断したところで御役御免となる」 えッ?いきなりそんな…。 「キオはもう既に一人で十分やっていけるんだけど、期限いっぱいまでの残り半年間でもっと様々なことを君に伝えておこうと思う。今回の郊外行きもその一つだよ。列車の乗り方も知っておかないと――」 「…御役御免ってどういうこと?世話役じゃなくなったらリッキーと私はどうなるの?まさか離れ離れになっちゃうとか!?」 リッキーからの突然の申し出に動転した私は、つい語気を強めて詰め寄ってしまった。 「落ち着いて、キオ。ごめん、言い方が悪かったから驚かせちゃって。大丈夫、ただ世話役という正式な後見人じゃなくなるというだけで、今までどおりずっと一緒にいるよ。ほら、ベンだって10年前に俺が世話役から外れたけど今も一緒にいるだろ?」 リッキーは自由の利く左手で私の頭にそっと触れ、軽く撫でてくれた。そうだった、ベンもリッキーの世話を受けたんだったっけ。嗚呼、私ったら何年経ってもリッキーに迷惑を掛けてばかりだ。決して彼を信じていない訳ではないのだが、心の底には不安の塊がゴロゴロしている。いつか彼に愛想を尽かされるのではないかと。嘗ては輝かしいロックスターで、現在はこの町の影の実力者であるリッキーに、ただの一般人であるアジア女が相応しいはずがないじゃないか、と。 「私の方こそごめんなさい。つい、あの…」 「お互い様さ。じゃあ次の日曜日はボブの農園に寄ってから、他にも色んな場所に行ってみようか」 「うん、ありがとう。すごく楽しみ。ところでボブって私も知ってる人?」 「どうかな?ボブ・マーリー(Bob Marley)って聞いたことある?ジャマイカのレゲエ・ミュージシャンだったんだけど。彼は生前ラスタファリ運動っていうのを実践してて、この町に来てからは広大な農園で様々な作物を作ってるんだ。ジミーは今年からそのボブの農場で働いているよ」 ボブは81年5月、悪性黒色腫により36歳でこの町の住人となった。彼によって広く知られるようになったラスタファリ運動というのは、アフリカ回帰を唱えるジャマイカの労働者階級や農民を中心にして発生した宗教的思想運動である。ラスタ(ラスタファリ運動実践者)は菜食主義で、ガンジャ(マリファナ)を吸い、ドレッドヘアをしていることなどが特徴なのだそうな。 それにしても遂にリッキーと初デート!春よ来い、早く来い♪ Robert Nesta Marley (February 6, 1945 – May 11, 1981) ボブ・マーリー お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.07.30 01:23:33
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