カテゴリ:Heavenly Rock Town
々は酒やドラッグに溺れて死んだ者達を隔離して収容するために作られたというちっぽけなこの町は、天国と地獄の間に存在する無数の町のうちの一つで、地上で例えるならば位置的にはアフリカ大陸南西部の先端にある南アフリカ共和国のケープ半島か、もしくは南米最南端のティエラ・デル・フエゴのようなところであるが、感覚的には中華人民共和国の特別行政区にあるマカオ半島の方が近いような気がする。とはいえ私の22年の短い生涯の間にマカオへ行ったことなど一度たりともなかったのだが。勿論、アフリカ大陸や南米についても同様である。
「この町の最果てって…喜望峰みたいなところなの?って言っても喜望峰がどんな所なのかは知らないけど」 「んー、喜望峰というよりもホーン岬のような感じかな。俺も実際チリに行ったことはないけど」 ティエラ・デル・フエゴの最南端にあるホーン岬は一年中強風が吹き荒ぶ裸岩の断崖で、まさに最果てという感じの荒涼とした土地だ。リッキーと一緒ならば行き先などどこでもいいとは思うものの、何を好き好んでそんな心寂しい場所へ連れて行ってくれようというのだろう? 南野駅に一旦戻ると、リッキーは駅舎の片隅に設置されてある昔風の黒電話の受話器をガチャリと持ち上げた。どこかと直通になっているらしく、彼は二人でこの町の最果てに行きたいとだけ伝えると静かに受話器を戻した。 「じきに迎えが来るはずだよ」 リッキーと他愛ない話をしながら待つこと暫し、一台の黒塗タクシーが駅の前に停車した。ボーナやポール・ハックマンが乗っているのと同じAustin TX4、通称ブラックキャブだ。 「やぁデッド、また頼むよ」 リッキーが助手席の窓から運転席に向かって手短に声を掛けると、運転手の若者は素っ気無く「乗りな」とだけ答えた。 私達を乗せたブラックキャブは一路町の南端へとひた走る。ボブの広大な麦畑を越え、殺風景な荒野に差し掛かった辺りで運転手が前を向いたまま徐に口を開いた。 「今回も死にに来たんじゃなさそうだな、リッキー」 「ああ、俺は訳あって死ねないからね。キオ、紹介するよ。彼はデッド、最果ての地の番人さ」 ノルウェーのブラックメタル・バンド、Mayhem(メイヘム)のヴォーカリストだったスウェーデン生まれのデッド(Dead)ことペル・イングヴェ・オリーン(Per Yngve Ohlin)は、少年時代の臨死体験が元で死に魅了され続け(“自分は既に死んでいる” と思い込むコタール症候群だったのではないかとも言われている)、91年4月、22歳にして遂にナイフで自らの首と手首を切り裂き、頭をショットガンで撃ち抜いてこの町へとやって来た。デッドの自殺体写真はアルバム「Dawn of the Black Hearts」のジャケットに使用されているという。 番人・デッドの車は寂莫たる荒野にぽつんと建つ心寂しい一軒家の前で停まった。どうやらここがデッドの自宅兼営業所らしい。私達を先に車から降ろしたデッドは、ブラックキャブを慣れたハンドル捌きで素早く車庫に入れてから私達の元へと戻ってきた。 「お嬢さんは見たところ然程俺と歳が変わんねえようだけど、ひょっとして自らこの町へ来たのかい?」 デッドは私に冷たい眼差しを向けた。 「いえ、5年前に自動車事故で」 「そうか、ならば安心だ。だけどそれだったらここの景色はあんまり心に響かないかもな」 「それはどういう…?」 「リッキーは例外として、ここの断崖に引き寄せられて何度も来るってのは何故か自ら命を絶ったヤツばかりなのさ。イアンにカートに…そういえばマイケルもつい先日また来てたな」 「イアンってもしかして」 リッキーがコクンと頷いた。 「そう、君のよく知るイアン店長だよ。俺を初めてここに連れて来たのもイアンなんだ。以来どういう訳かここが気に入ってね。ベンとも来た事があるんだけど、彼はあまり興味がなさそうだった」 カートというのはおそらくニルヴァーナのヴォーカルだったカート・コバーンのことだろう。でもってマイケルはマイケル・ジャクソン…じゃなくてマイケル・ハッチェンスあたりかな? 豪州のロック・バンド、Inxs(インエクセス)のヴォーカルだったマイケル・ハッチェンス(Michael Hutchence)は97年11月、37歳で自らこの町へやって来たという。世界で最もセクシーな男と呼ばれていた彼が、こんな寂しげな場所に幾度も足を運んでいるのか――。 リッキーに連れられてやって来たこの町の最果ては、下を見ると足が竦むほどの断崖絶壁であった。そこはまるでノルウェーのプルピット・ロックのように突き出た崖になっており、私達はごろんと寝転がって崖からの風景を、崖の下に広がる鉛色の雲海の隙間から覗く不気味な漆黒の闇の世界を無言で眺めていた。 「何だかじっと見てると闇に吸い込まれそうになって怖い」 私は崖の下を眺めるのをやめ、上体を起こした。デッドの言葉どおり、そこまで心に響く風景でもないように思える。 「実際にここから飛び降りちゃう人も少なくないんだ」 リッキーは寝転がって崖の下に目を遣ったまま、怖いことを口にした。 「ホントに?飛び降りたらどうなるの?やっぱり死ぬの?」 「いや、もう既に死んでるからそれはない」 「だってさっきあの人がリッキーに、死にに来たんじゃなさそうって言ってたけど」 「あれはただの冗談さ。何でもここから身を投げた人は落下途中で天に見つかって、最も辛い地獄に落とされるそうだよ」 「辛い地獄って【Eastern Fighting Land】みたいな?」 私の嘗ての恋人・倉橋君のいる “東の戦闘島” は男達が戦闘を繰り返しながら暮らしている永遠の戦場であり、大罪を犯した人間が行き着く場所に相応しい、身も心も斬り苛まれる苛烈な町だとルーファスが言っていた。 「ん…。この世界へ来た人間はね、生前の行い等によって変わるけど何十年か何百年かしたら転生することになってるんだ。君もベンもいつかまた姿を変えて地上へと戻る。だけどここから身を投げたりして命を粗末にした人達は永遠にこの霊界に留まって、その最も辛い地獄で天の責苦を受け続けるそうだ」 「仏教でいうところの無間地獄みたいな感じね」 そっか、ここでの生活が永遠に続く訳じゃないのか。いつの日か遠い遠い先にはリッキーとも別れなくちゃいけないんだ。でもそれまで何十年、何百年かは一緒にいられる。 「ところでキオ、以前ルーファスが俺に取引を申し出たって話を覚えているかい?」 ここにきてようやくリッキーも上体を起こし、私達は座ったまま向き合った。 「うん。プレスリー元町長とジミーが起こしたトラブルの時にルーファスがそのことを言い掛けたけど…」 ルーファスは取引内容を私達に話そうとしていたけど、リッキーがいつか必ず自分から伝えると言って話を遮ったのだった。 「実は俺、悪魔になるかもしれない」 エッ!? 何ソレ!? 嘘ォ…!? Per Yngve Ohlin (January 16, 1969 – April 8, 1991) デッド Michael Kelland John Hutchence (January 22, 1960 – November 22, 1997) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.07.30 01:56:56
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