Pastime Paradise

「リッキーはフェスに出ないの？」
「俺は出ないよ、需要もないし。この感染症でこっちに来る人ってわりと年配者が多いらしいから、モンタレーやウッドストック経験者がメインになるんじゃないかな。あとは、そうだなあ…ライヴエイド経験者とかさ」
　モンタレー（Monterey Pop Festival）は1967年6月の3日間、カリフォルニア州モンタレーで開催された米国初の伝説的なロックフェスティバルで、ウッドストック（Woodstock Music and Art Festival）は1969年8月にニューヨーク州サリバン郡で3日間に亘り開催された歴史的なロックフェスティバルである。両フェスに出演しているミュージシャンといえばジミ・ヘンドリックス（Jimi Hendrix）や、情報管理センタービル内の喫茶室で働いているジャニス（Janis Joplin）などが有名だ。同センターの受付嬢・ママ・キャス（Mama Cass / The Mamas & the Papas）もモンタレー経験者である。ライヴエイドは85年7月に開催された20世紀最大のチャリティーコンサートで、英米2ヶ所の会場で同時開催し、84か国に衛星同時生中継されたという。私の母はこの中継をリアルタイムで視聴したそうで、夢のようなライヴだったと何度も聞かされた。
　リッキーはライヴエイドの3ヶ月後にこの世界に来ているので不参加ではあるが、それでも82年にカリフォルニアで開催されて50万人を動員したUSフェスティバル（US Festival）や、85年1月にブラジル・リオデジャネイロで初めて開催されたロック・イン・リオ（Rock in Rio）等のステージには立っている。なおロック・イン・リオの最終日、1月20日に出演したThe B-52'sの2度目の公演がリッキーの地上での最後のステージであった。ちなみにB'sは18日にも出演しているが、その日は今やこちらの世界ですっかり農夫姿が板についているフレディのいたQueen（クイーン）がヘッドライナーを務めている。
「ライヴエイド経験者だったら、ベンもそうよね。The Cars（カーズ）で」
「そうだね。リックもこっちの世界に来ちゃったから、もしかすると一緒に出るかもしれない――まだ分からないけど」
　カーズのヴォーカルだったリック・オケイセック（Ric Ocasek）は昨年（19年）9月、自宅で亡くなっているのが見つかった。高血圧と心臓病だったという。ベンが53歳でこちらに来てから19年の歳月が経ち、リックは75歳でやってきた。ここでは年老いて亡くなった者は霊魂が人間の形態に戻る際に壮年期の姿形で甦るという決まりがあるため、リックもちょうどライヴエイドの頃の姿に戻っているはずである。
「リッキーもちょっと混ぜてもらって一緒にステージに上がっちゃうっていうのは……」
　そこまで言った時、目の前のリッキーの表情が曇って見えたので、私は慌てて口を噤んだ。軽々しく口を挟んでいい問題ではないのかな、と反省したものの、私の言葉に対する怒りというよりは何かを考え込んでいるような顔付きでもあった。
「ベンとリックは親友だったそうだよ。俺もキースがこっちにいてくれたら…なんてふと思ってさ。まだ来ないことを願っているけどね」
　いつもの寂しげで静かな微笑を浮かべてから、彼は2本目のバドワイザー缶を一気に呷った。16歳の夏、リッキーはキース（Keith Strickland / The B-52s）と出会ってすぐさま親友となり、83年に自らがHIVに感染していると分かったときも、キースにだけ病気を打ち明けた。32年の生涯の半分をキースと過ごし、最期まで一緒だった。会いたいと思いつつも、それを願ってはいけないというジレンマに対する怒りと悲しみの表情だったのかもしれない。
「ゴメン、キオの方がずっと辛い思いをしているのに」
「えっ…あ、いや…あの……」
　私は恋人とのドライブ中の事故でこの世界に来た。彼は――倉橋君は【Eastern Fighting Land】という、サムライ達が未だに戦闘を繰り返している危険な町へ自ら志願して行ってしまった。余程のことがない限り、もう二度と会うことの叶わない地獄の町へ。それに比べれば、リッキーとキースは何十年か先には必ず会うことが出来るだけマシだろう。ただ、二人が16年間の思い出を共有しているのに対し、私達はたった2年間の付き合いだった。正直なところ、倉橋君との2年間よりリッキーと過ごしたこの10年間の方が、私にとっては濃密な時間だった気がする。まさに『男はフォルダ保存、女は上書き保存』である。だがそれを言ってしまうと何だか呆れられそうな気がして、返答に窮してしまった。

　James Marshall Hendrix (November 27, 1942 – September 18, 1970)
　Richard Theodore Otcasek (March 23, 1944 – September 15, 2019)