Pastime Paradise

こちらの世界で最も販売冊数の多い書籍である『天界ガイドブック』の臨時特別号が凄い勢いで売れている。通常は隔年発行で天界各町の2年毎の最新情報が掲載されているものだが、今日発売されたばかりの臨時特別号は何と『The Encyclopedia of Rock Stars in Heavenly Rock Town』と題し、この町の住人達――つまり、こちらの世界にいる元ミュージシャン達の大特集なのだ。如何にこちらの人々がロックフェスを心待ちにしているかが窺える。
　心待ちにしているのは当のミュージシャン達も同じらしく、町は今回のフェスのために組んだ即席バンドの話題で持ちきりだ。出演希望受付は既に締め切られているようで、果たしてどんなバンドが出来上がって、どのようなステージを魅せてくれるのか、私も一（いち）ロックファンとして期待に胸を躍らせている。今やすっかり普通の人に戻っている彼らだが、やはりステージに立つとスターのオーラが沸き立ってくるのだろうか？実はそこのところも楽しみにしていたりする。
「キオ、配達頼むよ。そこの袋に入れてある天界ガイド12冊、配達先リストはこれだ。相当重量があるけど大丈夫か？」
　イアン店長が予め用意してくれた配達用書籍袋が、カウンターの上に鎮座していた。この町のミュージシャンを完全網羅と謳っている本だけに、1冊でも結構分厚い本が12冊も。まあ、仕事なので嫌だとは言えないのだが。店長から受取ったリストを見てみると、馴染みの店の名が並んでいる中で、1件だけ初めての店がある。
「大丈夫。店長、この『HUGE』っていうのは？」
「ん？ああ、服屋だな。ウィルベリーズの斜向かいにジーンズとか売ってる店があるだろ、そこの従業員に頼まれてな。配達のついでに近くで昼食も済ませてくるといい」
「はーい。じゃあ行ってきまーす」
　配達袋を持ち上げると本の重量で取っ手が掌と指に食い込んで痛かったが、とりあえず本を持って店を出た。まずはこの店から目と鼻の先にある美容院『EVELINA』だ。エヴェリーナはDead or Alive（デッド・オア・アライヴ ）のヴォーカルだったピート・バーンズ（Pete Burns）が昨年開いた店である。
　80年代中盤にユーロビートの先駆けとなったデッド・オア・アライヴ。ヴォーカルのピートはその中性的な容姿で人々を魅了していたが、幼年期から自分の顔にコンプレックスを持っていたため、次第に整形を繰り返すうちに取り返しのつかないことになってしまった。一旦は何とか復活したものの、16年10月に急性心不全でこちらへやって来た。今は元通りの美しい顔に戻っており、店主の美しさに相応しい洒落た美容院として、人気店になっている。ちなみにピートは若かりし頃に美容院で働いていたという。ここが開店してから、私も何度かピートにカットしてもらっている。
「INTERZONEですけど、注文の本を持ってきました」
　おずおずと扉を開けると店内には誰もいなかったが、奥からピートが出てきた。続いて出てきた男性も、何やらピートに雰囲気が似ている。配達袋から1冊取り出して、ピートに手渡した。
「いつも有難う。あら、キオ…ずいぶん髪が伸びちゃってる。近いうちに切りにおいで」
「うん、もう鬱陶しくて。せっかくだから今予約入れても大丈夫？」
「勿論。じゃあ明後日の19時はどう？」
「はい、それでお願いします」
　答えながら、ピートの横にいる男性と目が合った。この風貌からして、彼もやはりミュージシャンだったに違いない。
「あ、紹介するわ。彼はスティーヴ。先日やっと公共事業労働を終えて、昨日からここで働くことになったの」
　デッド・オア・アライヴのドラマーだったスティーヴ・コイ（Steve Coy）は、18年5月にこちらの世界に来たという。二人ともまだ50代半ばだったというのに。ここ数年、かなりのペースでこの町の人口が増加している気がする。やはり過酷な職業なんだろうな、ミュージシャンって。
　さあ、次はリッキーが勤めている情報管理センターに3冊、ヒュージっていう店とウィルベリーズに1冊ずつか。嗚呼、あと9件もあるのに既に指と掌が痛い。配達袋を抱き抱えるよう持ち直し、早足で情報管理センターへと向かった。
　
　Stephen "Steve" Coy (March 9, 1962 - May 4, 2018)