テーマ:表現者、集まれ~(263)
カテゴリ:思いつくまま
1年か・・・ 敬愛してやまない茨木のり子さんの訃報が 紙面で伝えられたのは 昨年の2月19日のことだった ショックだった・・・ いたたまれない思いで、このとはずでも 茨木さんの詩を立て続けに取り上げたっけ・・・ 代表作でもあり、吾の志でもある 『自分の感受性くらい』を取り上げた日記のコメ欄に カナブンさんから寄せられた情報! 本日、2月17日 山形県鶴岡市にある浄禅寺(菩提寺)にて 地元の方達による“一周忌の集い”が行われるそうな 行きたかったなぁ・・・ 吾、今日はブライダル司会者さんだぁ・・・ この1年、何かにつけて 茨木さんの詩に依りかかり続けてきた吾である 事あるごとに『自分の感受性』を省みては 戒めの繰り返しで まだまだ『依りかからず』の精神には 到達できない吾であり・・・ 今日からまた、あなたの思いを感じ取り 心新たに 日々、精進してまいりまする 茨木のり子 1926年大正15年6月12日 大阪府に生まれる 多感な学生時代は戦時下の動乱に巻き込まれ 空襲・飢餓などに苦しむが、何とか生き抜き 20歳の時に終戦を迎えた 詩人で御馴染みの谷川俊太郎や、吉野弘を同胞とし 女流詩人にして童話作家、エッセイスト、脚本家として 執筆活動に明け暮れる毎日・・・ 2006年2月19日 茨木さんの死亡が、新聞紙面、ニュース等で報じられた 最後まで一人で気丈に生き抜いてきた茨木さんらしい最期・・・ 『このたび私……この世におさらばすることになりました。 これは生前に書き置くものです。…… 「あの人も逝ったか」と一瞬、たったの一瞬思い出して下されば それで十分でございます』 既に遺書は用意されており、尋ねてきた親戚が 寝室で亡くなっている茨木さんを発見 親族によると2月17日から連絡がとれず 19日に訪ねると寝室で亡くなっていた くも膜下出血で転倒し頭にけがをしながら、自力でベッドに横たわり ほんとに最期まで気丈にそのご生涯をまっとうなされた茨木さん。 最期の瞬間まで 自分の感受性を守り、貫いたご生涯に 心から敬意を表し ただひたすらに 両の手をあわせて感謝申しあげまする 【 微志 】 ≪ 茨木のり子・追悼語り日記 ≫は↓こちら 茨木のり子さんの逝去日に・・・(語り8) 『 汲む 』 (語り10) 『 わたしが一番きれいだったとき 』 (語り11) 『 小さな娘が思ったこと 』(語り12) 画像提供:たかしさん 記:2007.02.17 00:23:25 2006年の16日は一休入魂(語り7) 2006年の18日は誰? 2006年の19日は雨水だから・・・ 弥々*とはず語り・語りBar では いつでもお気軽に、語り音声日記が楽しめまする どんぞお気軽に、お立ち寄り下せーまし とはず別館Goo-net編 も熱い思いを更新中! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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