去年の今日のことを覚えています。
「私は生まれたときから耳が聞こえない、言葉が話せない…」
被爆者代表、山崎栄子さんが手話で話された被爆時の様子から改めてショックを受けました。
「生かされている私にできることは、ろうあ被爆者の仲間に代わって、この目、肌で感じた五十八年前の出来事を語り続けることです」
私には存在価値がないから、せめて利用価値が欲しいの・・・リストカットの子がそう書いてました。
何が言いたいってわけじゃないのですが。
ヒトは命の歴史の中で何をしているんだろ。
この一年、私は何をしていたのだろう。
夜。
手話で自らの長崎被爆体験を語り続ける山崎栄子さんのドキュメント、「体いっぱいで原爆を語りつぐ NHK」を見た。
残された映像、写真、語られた言葉、
書かれた言葉、戦後の文学、
次の、次の世代へと語り継ぐことはひどく難しい。
「これまで見たものを私の手が覚えています。
見えなくなっても私には手があります。
残された時間の限り、精いっぱい語っていきます。」
山崎さんの言葉に胸がいっぱいになります。
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最終更新日
2004年08月10日 00時11分05秒
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