誰がケネディを殺したか28
▼からくり カストロ暗殺計画も政権を超えて水面下で継続していた。このことは、新政権が全く意図しない出来事が起きる可能性が常にあることを意味する。ある日、突然、米国の大統領も知らないまま、他国のリーダーがCIAの陰謀で殺されることも起き得たわけだ。そうならば、仮に国家の危機を未然に防ぐという使命を担ってきたCIAが、国家安全保障上、正当化されることなら、何をしても許されるという命題を与えられたら、一体、どんなことまでCIAは実行を躊躇しないのだろうか。カストロ転覆計画を自らの決断力のなさで失敗させ、ミサイル危機後も一向にミサイルを撤去しないキューバに対し、何ら有効な対策を採ろうとしない、国家にとっての“危険人物”(メモ32参照)を始末することも躊躇しないのか。 CIAの暴走の一端を垣間見ると、政権内部に、大統領とは別の独立した作戦遂行の命令系統ができてしまったように思えてならない。同時に、このからくりを理解しない限り、ケネディ暗殺の真相を解明することもできないのだ。 ケネディ暗殺事件の研究家が落ち込む矛盾は、実は、ここに起因している。キューバ侵攻を実現させるため、カストロをケネディ暗殺に結びつけようとするCIA強硬派・反カストロ分子の勢力と、米ソ大戦を回避するため、カストロの関与を一切否定しようとする、ジョンソン大統領とその命令を受けたFBIの勢力。このために、カストロの関与を示す証拠が出てきたかと思うと、それを打ち消す証拠が出てくる。相矛盾する証拠隠滅工作が出てくるのはこのためだ(メモ33参照)。これとは別に、CIAと闇の勢力の関係を隠そうとする政府全体の思惑と、ケネディ暗殺を未然に防げなかったFBIの責任逃れの工作が絡み合う。この相反する目的を持つ権力の存在と、組織を是が非でも守ろうとするCIAとFBIの伝統的な工作が、ケネディ暗殺のミステリーをつくり上げてきたのだ。(続く)(メモ32=CIAにとっての危険人物) CIAからみて、ケネディ大統領が国家(少なくとも組織)の利益を危うくする危険人物だったとする説を採っているのが、ロバート・マローだ。その一つ目の根拠は、ピッグス湾事件の失敗と、それに続くCIAに対する粛正。粛正の延長線上には、CIAに替わる諜報機関の設立(編注:オペレーション・マングースはその一環)も視野にあったため、CIAは組織弱体化を阻止するため、ケネディに対して必死に抵抗した。二つ目は、ケネディは大統領就任早々、キューバでミサイル基地が建設中であるというCIAの報告を受けておきながら、62年の議会選挙に利用するため、そのことを62年10月まで国民に隠し、選挙の直前に人類を救ったヒーローになるという政治的筋書きを“演出”したこと。米国の安全保障がこの政治的演出のための道具にされる一方で、ケネディは議会内での民主党の基盤を強化するとともに、政敵であるニクソンのカリフォルニア知事選敗退という結果を手に入れた。これは米国の利益をもてあそぶ、背任行為に匹敵するとの考え。第三の根拠は、キューバのミサイル危機後も、実はミサイルが撤去されていないことを知っておきながら、それを容認。逆にソ連の“ミサイル撤去”に応じる形で、トルコの米軍基地からのミサイル撤去を決め、国家安全保障上、米国に多大な不利益をもたらした。マローはこうした理由から、ケネディ政権による自作自演の情報操作と政治的妥協に嫌気がさしたCIAがある時点で、“CIAの敵”であるケネディの抹殺を実行に移したとみている。(メモ33=証拠隠滅工作) ここでは一つ一つ検証することはしないが、CIA・反カストロ分子の隠滅工作はケネディ暗殺前に始まり、ジョンソン・FBIの隠滅工作は暗殺後に始まった、と簡潔に表現することもできる。 ジョンソン・FBIの工作は、フーバー長官がジョンソンの部下、ウォルター・ジェンキンスとの電話の会話で意味じくも漏らしたように「カゼンバック氏(司法副長官)と同様、私が気にしているのは、オズワルドが真の犯人であると国民に信じ込ませるために何かを発表するということ」だった。そのカゼンバック副長官はさらにはっきりと「オズワルドの動機に関する憶測は断ち切らなければならない。我々は共産主義の陰謀だとかいう考えをやり込めるための根拠を持つべきだ」と語っている。そういう政府の意志でできあがったのが、あのウォレン委員会の報告書だった。 CIA・反カストロ分子の工作は、オズワルドをいかに共産主義、特にカストロと結びつけるかだった。オズワルドが、わざとらしくカストロ賛美のパンフレットを配ったり、オズワルドと名乗る男がメキシコのキューバ大使館かソ連大使館で「ケネディを殺してやる」と叫んだりした工作がこれに当たる。あるいは、オズワルドがソ連の女性と結婚したこと自体もCIAのよる陰謀の一環なのかもしれない。