カストロが愛した女スパイ42
カストロ暗殺計画6 「その滞在の後、キューバに戻る機会はあったのですか?」 「いいえ、ありませんでした」 「その後、フィデル・カストロと一度でも接触したことはありましたか?」 「いいえ、ありません」 「知りうる範囲において、その後、フィデル・カストロの配下の者と接触したことはありましたか?」 「いいえ」ロレンツは再び回想する。カストロが部屋を出て行った後、ロレンツはカストロと息子あてに手紙を書いた。「殺しの費用」として事前にもらっていた6000ドルのうち50ドルだけをロレンツがもらい、残りは手紙と一緒にドレッサーの上に置いた。CIAのカストロ暗殺計画は大失敗に終わった。CIAはカストロを殺すためにロレンツをキューバに送り込んだ。ところがロレンツは、殺す代わりに「共産主義者の悪党と寝て、しかも6000ドルをくれてやった」わけだ。ロレンツは泣きながらホテルを出て、空港へ急いだ。CIAの工作員らはそれを見て、カストロが死んだのでロレンツは泣いているのだと勘違いして、歓喜した。しかし、やがて彼らの歓喜は怒りに変わる。カストロが演説場に元気に現われたからだ。マイアミに戻ってきたロレンツに、罵詈雑言が浴びせられた。「ちくしょう。これで作戦全部が台無しだ。この馬鹿なあばずれが! ワシントンに何と報告すればいいんだ」と、工作員の一人が毒づいた。ロレンツも強がって言った。「電話して、誰かほかの人間を使ったらいいでしょう!」ロレンツにとって、カストロ暗殺はCIAと亡命キューバ人による戦争であり、もはや関係のないことのように思われた。カストロを殺さなかったおかげで、「フィデルはこれからも病院や学校を建てられる」とロレンツは説明したかったが、彼らはそのような話を聞く耳をもっていなかった。マイアミの隠れ家に戻ってからも、彼らの怒りは収まらなかった。CIA工作員の一人が電話をしながら叫んでいた。「あのアマ、台無しにしやがった。しくじりやがったんだ。畜生」ロレンツは落ち込んだ。「私は母親の期待を裏切り、父親の期待を裏切り、そして私自身の期待をも裏切ったわけね。もう、一人きりになりたいわ」と、ロレンツはつぶやくように言った。ロレンツは当時、自分のせいで作戦が失敗したのだから、CIAもロレンツをあきらめて、解放してくれるだろうと、高をくくっていた。当然のことだが、その考えは甘かった。逆に彼らは、暗殺未遂にかかった費用は働いて返してもらうとロレンツに告げた。植えつけられた罪悪感から、ロレンツはその命令に従わざるをえないと感じていた。ロレンツはこうして、暗殺集団とともに抜け出ることのできない泥沼にはまっていったのだ。(続く)