カストロが愛した女スパイ123
▼マラリア、そして神ロレンツは吐き気がおさまらず、体がふるえた。胃が激しく痛み、体が熱くなったかと思えば、次の瞬間には悪寒で震えた。蛇、生贄の儀式、真っ暗なトンネルなどの幻覚が次々と現われた。ロレンツはマラリアにかかったのだ。このまま、この地で死ぬのだろうか。朦朧として横たわっていると、年配のヤノマミ女性がやって来た。女性は水を飲ませてくれた上に持ってきた葉っぱを噛めという。ロレンツはその通りにした。後は運を天に任せるしかない。ロレンツは再び死線をさまよった。一体どれだけの時間が過ぎただろうか。ロレンツには何週間も寝込んでいたような気がしたが、ようやく死の世界から脱出して目覚めたようだった。ただ、ロレンツの体は痩せ細り、衰弱しきっていた。今度はハンモックの中に寝かされ、カシンという名の年配女性が引き続きロレンツの母親代わりとなって面倒をみてくれた。カシンは苦い味のする葉っぱを噛み続けるようにロレンツに言った。ロレンツが葉っぱを噛むと吐いてしまって苦しくなったが、不思議と痛みはなくなった。体は軽くなり、頭はボーっとした。ロレンツは自分が回復しつつあるのを感じた。ロレンツはヤノマミの言葉を覚え始めた。ロレンツを守ってくれる精霊は「ヘクラ」というのだそうだ。ヤノマミに対する恐怖心はすっかり消え、ロレンツはヤノマミの生活に段々と溶け込んでいった。ロレンツは、空を見上げて飛行機を探しては泣くようなことはしなくなった。髪を切り、汚れたブラウスと靴を捨て、ヤノマミの女性と親しくなった。彼らはもはや、野蛮で未開な人々ではなかった。彼らの日々の暮らしの一つ一つが、意味を持つようになった。出産、食事、狩り、火おこし、子育て、霊魂や神の話――あらゆるものに、完璧な時と場所があった。ロレンツは生まれ変わったように感じた。スペイン語、英語、ドイツ語は過去の一部となり、ロレンツもモニカもヤノマミの言葉を話すようになった。ロレンツは、ヤノマミの人々が羨ましかった。外の“文明”からの干渉さえなければ、彼らはシンプルで完璧な秩序の中で暮していた。ロレンツもまた、菜園を耕し、自分の小屋を造り、槍を持ってジャングルで狩りをした。ジャングルは驚くほど多くの種類のランや、驚くほど多様な音で満ちていた。あらゆる動物、植物、雲などの自然にロレンツは神を見出した。ヤノマミと一緒にいると、誰よりも神に近づけるような気持ちになった。(続)