詩人が見た宇宙構造のモデル
▼ウィリアム・ブレイクおよび宇宙のモデルはメビウスの環であるかもしれないという仮説についての考察詩人の直感は時々、宇宙の真の姿を描ききってしまうのではないかと思えるときがある。18~19世紀に活躍したイギリスの詩人兼画家のウィリアム・ブレイクの詩『無心の前触れ』がまさにそれである。 To see a World in a Grain of Sand And a Heaven in a Wild Flower, Hold Infinity in the palm of your hand And Eternity in an hour.(一粒の砂に世界を観て、野に咲く花に天国を知る。手のひらに無限をつかみ、一瞬に永遠を抱く)この詩人の直感を信じれば、深遠なる宇宙の秘密は、実は身近に隠されていることになる。永遠は一瞬の中にあり、無限の大宇宙は極小の点になる。私はそこから宇宙モデルを考える。極大の宇宙の果ては極小ではないか。永劫に続くと見られる未来も、悠久の過去と、無限の果てでつながる。メビウスの環に裏と表がないように、この大宇宙においては過去も未来もない。メビウスの環の一面が裏であると同時に表であるように、宇宙の極大も極小に等しい。過去と未来は今この瞬間にも同時に発生しているし、極大の世界と極小の世界も同時に同じ波動を放ち、まるで同一物質のように共鳴しているのである。ただし、この宇宙の構造モデルとしてのメビウスの環は、過去、現在、未来の中で振動する帯のようなものでもある。極大の世界の果てを突き抜けて極小の世界に行き、今の自分に戻ってきたとしても、そこには元の世界はない。宇宙は別の次元へと変容していく。一瞬で宇宙は無限に変容するのだ。もちろんこれは、ある詩人の妄想であるかもしれない。しかし、今日最先端とされるヒモ理論やM理論ですら仮説であり、悪く言えば憶測に過ぎないのだ。宇宙はそれほど寛容に、私たちが想像する余地を残しておいてくれているということだろうか。(続く)