シュメル神話の洪水伝説は記紀神話にも継承された
昨日のブログでは端折ってしまいましたが、シュメル神話の洪水伝説がどのように変遷していったかについて説明しておきましょう。ほとんど通説になっていますが、シュメルの洪水神話をパクッたのが『旧約聖書』の「ノアの大洪水物語」です。まずシュメル神話の洪水伝説はこうなっています。人間が都市をつくり、栄えていたとき、神々は人間を滅ぼすために大洪水を送る決定をします。ただ神々の中でその決定に疑問を抱く神もいたんですね。イナンナ女神とエンキ神です。そこでエンキ神は、人間の中で神々を恐れ敬う、慎み深い人間であったジウスドゥラを選び、壁越しに人間を滅ぼす大洪水の計画があることをばらします。ちょっと奥ゆかしいでしょう。直接伝えるのではなく、壁を通してそれとなく伝えたようなんですね。何か諜報活動のようで面白いです。大洪水人間殲滅作戦があることを「お告げ」で知ったジウスドゥラは巨大な船を建造し、大洪水に備えます。やがて、すさまじい嵐がやって来て、七日と七晩にわたり大洪水が発生します。その後、太陽神のウトゥ神が昇り、大洪水は終わります。大洪水が引いた後でジウスドゥラは船から出て、神々に牡牛と羊を犠牲に捧げます。一方、神々は人間と動物の種を救済したジウスドゥラに「永遠の命」を与え、東方にあるディルムンの地に住まわせたということです。ジウスドゥラをノアに替えると、もうほとんど「ノアの方舟」と同じです。違うのは『旧約聖書』のほうは「神々」ではなく「神」にしてしまっていることです。かなり端折っていますね。このシュメル語で最初に書かれた洪水神話は紀元前2000年ごろ、アッカド語で書かれた『アトラ(ム)・ハシース物語』にほとんどそのまま継承されます。ただしアッカド語バージョンでは、神々がなぜ人間を滅ぼすことを決断したかについても言及があります。「人間が増えすぎて、騒々しいから」というのが理由でした。まあ、わからなくないですね。地球(ガイア)から見れば、人間は戦争はするは、公害で汚染を垂れ流すは、原子力は暴走させるはで、うるさいったらありゃしませんからね。その後、この洪水神話はギリシャ神話でも忠実に継承され、ジウスドゥラという名前がギリシャ語のクシストロスに変わり、神々の名もクロノスとなって引き継がれたんですね。そして、日本では記紀神話にも踏襲されました。えっ、そんなこと記紀神話に書いてあったっけ、と思われるかもしれませんね。ちゃんと書いてあります。天地(あめつち)の初めにイザナギとイザナミが登場した場面を思い出してください。二人(二柱の神)は「この漂っている国土をよく整えて、作り固めよ」と他の神々から言われて、天地の間に架かった梯子の上に立って下界を見下ろすと「潮」になっていたと書かれています。つまり大地は液体状になっていた、大地は水に覆われていたことになりますよね。そこで矛を潮にさし下ろしてかき回したら、島となったわけです。それがオノゴロ島ですね。で二人は、ようやくその島を足場として降り立ち、そこに神殿を建てたと書かれています。そしてそこからドンドン島を作り、文明を築いていくわけですね。記紀神話の「洪水伝説」は完全なシュメルの洪水伝説の踏襲ではありませんが、非常によく似ていると思われるんですね。複数の神々が出てくること、その中で二柱の神々が陸地を作るのに貢献したこと。これらは、神々の人類滅亡計画に事実上反対したエンキ神とイナンナ女神の投影であると解釈することもできそうです。(続く)