目には見えない「冬の花」
確かゲレンデの名前は藤原スキー場だったと思います。 それほど難しいコースではなく、初、中級者用のゲレンデだったでしょうか。 伯父とはお昼を一緒に食べたとき以外は別行動で、お互い勝手にスキーをして、帰るときも自分で勝手に帰るという取り決めでした。本当に勝手気ままでマイペースな伯父です。 こうして一日中滑って、ふと気づくと、リフトがもうすぐ終わりになる夕方になっていました。ゲレンデを探しても伯父の姿はありません。きっと先に帰ったわけですね。 私もリフトで上まで上がって、記憶を頼りにゲレンデの途中からバックカントリーに入って宿泊先の温泉宿に向かうことにしました。 しかしながら、ここに大きな誤算がありました。来た時の道の感じと、帰る時の道の感じというのは結構異なるんですね。高速道路の下りと上りでは、感じがまったく違うのと同じです。来たときの道を思い出すために、何度も後ろを振り返らなければなりません。 それでも勘違いは起こります。 何本もの尾根がある中で、私はきっとこの道だろうと思って降りた尾根が実は一本下(谷側)の尾根だったんですね。 それに気づいたのは、谷に降りてからでした。 もう一本上(山側)の尾根に再び登らなければならなくなりました。 大幅なタイムロスと体力の消耗です。 多分20分くらい余計に歩くことになりました。この20分というのが、結構大きな意味を持っていました。 秋だけでなく冬の日もつるべ落としです。 アッという間に、夕闇が迫ってきました。 来たときと違って、暗くなってきたため、景色の感じがますます違ってきます。明るいときは見えた目標物も、暗くなると見つけづらくなります。 加えて、道に迷ったことによって生じた20分間のロスで、体力も消耗しました。 気温も急に寒くなってきます。するとかなり心細くなってきますね。 無事に宿屋に着けるのだろうかと心配にもなります。 再び、正しいと思われる道に戻っても、温泉宿までの道程はまだあります。 ひたすら寒さと孤独と焦燥と戦いながら、自分が信じる道に向かって疲れて重い足を前へ前へと動かします。そしてようやく、遠くに温泉宿の灯が見えてきたときの安堵とその喜びようといったらなかったです。遭難は免れました。 おそらく30分で帰れるはずだった道を1時間近くかけて戻ったのではないかと思われます。伯父が心配して宿の外まで出てきていました。私が「道を一本間違えた」と説明すると、「ちゃんと覚えなけりゃ駄目じゃないか」と怒られました。 まあ、結果オーライでしたね。 で、この時の心細さとか、疲れとか、焦りとか、灯を見つけた時の喜びを作品の中に取り入れて、「冬の花」という短編小説を書き上げたわけです。 この話のどこに「冬の花」があるのかと思われるかもしれませんが、答えは温泉宿の灯です。小説では、吹雪の中、疲れて倒れそうになったときに、淡いオレンジ色の花の幻影を遠くの雪景色の中に見つけます。最後の力を振り絞って、意識が朦朧としながらもそのオレンジの花畑に向かったら、温泉宿の灯であったというプロットです。単純なプロットですが、私は同時にロマンチスト(オカルティスト?)でもありますから、ただの宿の灯の幻影にはしませんでした。救出された主人公が小屋の中で温かいスープを飲んでホッとしているときに、外の吹雪の中では本当に目には見えない霊的な花が、見える人に見えていたのだとして結んでいます。 まあ、そのようなちょっとした6600字ほどの短編でした。 (続く)