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HANNAのファンタジー気分

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December 4, 2011
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 CRALAさんおすすめの『音楽の在りて』をようやく読みました♪ 短編・中編が10数編収録されていて、そのほとんどが70年代の作品です。

 さすが漫画家、選び抜かれたシンプルな言葉やセリフ。
 「ヘルマロッド」「エシュ」といった、硬質で西洋風な名前があるかと思うと、「春狂い」「別のもの」なんていうシンボリックで原初的な固有名詞もあり、そんな名前を読むうちにどんどん、頭の中に萩尾望都のキャラクターが勝手に現れてセリフをしゃべり、コマ割りの中の背景とナレーションが浮かびます。萩尾望都コミックスが自分で作れて楽しめちゃうわけです。

 さて、タイトルになっている「音楽の在りて」という作品も素敵だし、中編(もしコミックス化したら結構長編かもしれない)「美しの神の伝え」は哲学的?に深い物語だと思いますが、私のいちばん印象に残ったのは、やはり冒頭の「ヘルマロッド殺し」とその後日譚である、末尾の「左ききのイザン」(これは唯一、小説ではなくてコミックス)でした。
 (以下ネタバレ)
 ヒロインのヘルマロッドは、旅行で知り合った男イザンとの子供を身ごもりましたが、彼女の惑星サーサ・クーフまで追ってきたイザンに、殺されてしまいます。イザンは、彼女がサーサ・クーフの婚約者のもとへ帰り、赤ん坊を「プレゼント」すると知って、彼女を恨んだのです。
 地表には酸の雨が降り、人々は地下都市に住むサーサ・クーフでは、人口が減り続けているので、

  女は同ウラン分の価値がある。赤ん坊は同アイソトープ分の価値がある。
                                --萩尾望都『音楽の在りて』

 この辺りで、ああ、サーサ・クーフって実はニッポンかなと思うこともできます。環境汚染とか少子化という言葉は、70年代ではまだSFの中の新しい言葉だったのが、今や現実の流行語ですから。

 さて貴重な妊婦であるヘルマロッドが殺されたので、彼女の細胞からクローンが再生されることになります。しかし諸事情があって、再生途中で流産してしまったヘルマロッド19と、再生し直され妊娠したままのヘルマロッド18の二人のヘルマロッドが出現します。当然のように婚約者は、妊娠した方と結婚することにします。
 ところが、どのヘルマロッドも夢の中でイザンを--若くて健康で単純で、捨てられたと知って追いかけて殺すほどに彼女を愛したイザンを、思い出し、彼に会いたいと望みます。そして婚約者の制止を振り切って、サーサ・クーフを離れ、彼を追うのです。サーサ・クーフ当局はすぐさま、次のクローン・ヘルマロッドの再生に取りかかります・・・

 こんなストーリーをたどると、別にSFでなくても、遊び相手と別れて安定した結婚をしようとする女性が、あとになって自分の本当の気持ちに気づいて、というよくある恋愛模様のようにも読めます。
 しかし、私は人口が減少するサーサ・クーフ人(あるいは未来のニッポン人)についての噂と、イザンのセリフに注目します。

  「サーサ・クーフ人は子供が産めないんだ。やつらは分裂して増えるし、子供は外国から買ってくるんだ。・・・」

  「〔左腕は〕昔バクテリアに食われたんだ。・・・」
  「湿地へ踏み込んじゃいけない・・・オレは・・・そこでやられたんだ。爪の切り口からバクテリアが入って左腕を切り落としたんだ」
                                     --萩尾望都『音楽の在りて』

 このふたつから、私にはサーサ・クーフ人がバクテリアのようにも、思えるのです。
 高度に文明化したサーサ・クーフ、死や人口低下に対して再生技術を発達させたサーサ・クーフは、一見、人類の進化の最先端で、野蛮な生存競争や低レベルの感情のもつれを超越している高尚な世界のようです。
 しかし見方を変えると、クローン技術は「分裂して増える」つまりバクテリアなど原始的な生き物と同じです。子供は外国から、つまりもっと劣った弱いものを食い物にして、その生をつないでいるのです。おまけに感情も希薄というか、婚約者は種の保存のためなら相手が他の男の子供を宿しても平気なのです。
 その世界は「湿地」にたとえられています。

 それに比べると、粗野で感情的だが生命力あふれるイザンの方が人間的魅力があります。「あなたも好き。強いから」というヘルマロッドのせりふの通りです。彼女は無意識レベルでは最初から婚約者ではなく、イザンを愛しているのです。サーサ・クーフ人の心の底に最後に残った生命力のカケラでしょうか。

 後日譚「左ききのイザン」では、殺人犯として追われるイザンが辺境の惑星でとうとう死んでしまいますが、見事な逆転があります。イザンはその惑星で発見された古代遺跡のレリーフに、ヘルマロッド(そっくりの姿)を見つけるのです。
 「湿地」ではなく、乾いた砂に埋もれ風に吹かれる、ほろびた文明の遺物に描かれた、美しいヘルマロッド像。それはサーサ・クーフの未来を暗示しているのではないでしょうか。湿地でバクテリアに左腕を食われたイザンは、サーサ・クーフでヘルマロッドに心を食われ、最後には砂漠化した遺跡に埋もれて果てるのです;

  「遺跡/遺跡と/オレは生きてるんだ/オレは若いんだ」

と言いながら・・・
 そして、あとでその星へやってきたヘルマロッド(の一人)は、遺跡を見て、「墓標のように見えますのね」と言います。墓--もちろんイザンの墓であるとともに、サーサ・クーフの末路でもあると思います。
 
 文明って、進化って何だろう、人類はどうなっていくのだろうと、考えさせられる作品でした。
 そういえば、光瀬龍『百億の昼と千億の夜』にも、超未来の都市で、生存するために手足もなく容器に入った細胞になってしまった人類というのが出てきましたが・・・ 





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Last updated  December 4, 2011 11:27:20 PM
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