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HANNAのファンタジー気分

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March 13, 2013
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 1巻(『消えた両親の謎』)のラストが両親を探す旅の途中だったので、急いで図書館で2巻『奇跡の翼』を借りてきました。

 サーカスから逃亡するライオンたちを連れて、主人公チャーリーは両親がいると聞かされたベニスへやって来ます。
 原題は「The Chase(追跡)」ですが、彼の敵の一人は入院中、もう一人は先回りしてアフリカで待ちかまえているので、空間的な追跡というより、精神的な「追跡」のように思われます。あるいは、チャーリーがこの事件の核心を自分でだんだん解明していくその過程。または、けなげに彼のあとを追い、助力するネコのセルゲイにとっての「追跡」かもしれません。

 それはともかく、この巻で私をひきつけたのは、太古のライオン「スミロドン」(サーベルタイガーの一種)の悲哀と、近未来のベニスの街の姿でした。
 パリの自然史博物館から現れライオン仲間にとび入りしたスミロドンは、実は科学者が違法なクローン技術を使って化石のDNAから再生させた生き物でした。

  「(前略)・・・神は私を作り出してはいない。自然が私を作ったわけでもない。私は母親から産まれたのでもない。私には母などいない。父もいない。私は死んでいるのだ。・・・(中略)・・・私は絶滅しているのだ」  ――ジズー・コーダー『ライオンボーイ2』枝廣淳子訳

 自分の“存在の罪”を自覚しているスミロドンの悲しみ。それは種族が絶滅したことに対する悲しみとは違います。確かに生命の滅びは悲しむべきことですが、再生さえすればいいというものではありません。自然の摂理に逆らい人間の手で無理矢理生き返らせたところで、その存在は世界になじまず、滑稽でさえあるのです。
 スミロドンは種族の象徴ともいえる立派な牙を包帯でぐるぐる巻きにして隠さねばなりません。かと思うと、人間たちは彼に人造の「翼」をくっつけ、リモコンで動かして、ベニスの守護神である翼を持つ獅子「サンマルコのライオン」に仕立て上げようとします。スミロドンの悲劇を知ったチャーリーやライオンたち(と読者)にしてみれば、まったく、侮辱的な行為です。

 一方、かつて地中海貿易で繁栄を誇り、ルネッサンス文化の華であった永遠の都ベニス(ヴェネチア)は、その後衰退し、物理的にも島が地盤沈下を起こし、21世紀の現在サンマルコ広場(ここの翼を持つ獅子の像が有名ですね)は高潮のときには水没し、観光客は水上に橋のように渡された通路から、水面に映る美しい建物群の幻想的な景観を楽しむのだそうです(と、『エロイカより愛をこめて37巻』に出てきました)。
 しかし、地盤沈下や温暖化による海面上昇が進めば、今世紀中にベニス全体が沈んでしまうおそれが大きくなっており、

  海がこの街を深く愛し給うて/水底深くひき込もうとしているのさ
  あがいたって/無駄さ
  海の上に/突如として現れた/この女王(ヴィーナス)は
  その美しい生涯を終えて/再び海の中へ/還ってゆくしかないのだ
  街にも 人間にも/生命(いのち)がある
  滅びの運命に/さからえは/しない  ――森川久美『ヴェネチア風琴』

 このような滅びの運命を知りながら、世界一美しい広場の水没を観光にしてしまう人間たち。
 そしてさらに、『ライオンボーイ2』の近未来のベニスの人々は、水没し崩壊してしまった街の歴史的建造物を引き揚げて修復したり、巨大なガラス管状の水中通路をつくって海底の遺跡を見る博物館を造ろうとしたりしています。

  (前略)・・・いまや収拾のつかないめちゃめちゃなようすだった。まるで海の廃墟と建築現場が入り混じった難破現場のような眺めだ。・・・(中略)・・・サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会のがれきがあった。漂白した骨の山みたいだ。そのまわりを作業員たちが動き回っているようすは、まるでハエがたかっているようだった。  ――『ライオンボーイ2』

 近未来のベニスのこのような「再生」の光景は、前に挙げた“滅びの美学”的な悲しみと並べて見ると、グロテスクで滑稽です。そう、まるでニセモノの翼をくっつけて聖マルコの獅子に仕立て上げられたスミロドンのように。
 そして、スミロドンは自ら運命を受け入れ、ニセモノの翼をつけて、ニセモノの街ベニスの守護神として「再生」するのでした。これを「よかったね」と言うべきか、「悲しいね」と言うべきか・・・。

 この物語にはそのほか、アレルギーをわざと作り出し薬を売ってもうけようとする企業や、その犠牲になったネコ、それに対する人々の反応など、単にストーリー構成の面白い要素とみるには重すぎるテーマがいろいろ出てきます。
 環境破壊の大きな問題にさらされている現在の私たちにとって、滅亡とは、再生とは何なのかを考えさせられる物語といえるでしょう。

 このように、1巻目のめくるめくサーカスにくらべてやや重い感じの2巻ですが、ストーリー展開はそのような重みをものともせず進みます。最後にチャーリーはやっと両親と再会して、とりあえずホッとすることができます。

 





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Last updated  March 14, 2013 12:03:43 AM
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