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カテゴリ:近ごろのファンタジー
「読者をもあざむく」と1巻「ハミアテスの約束」の感想で書きましたが、その主人公エウジェニデス(ジェン)は、2・3巻「アトリアの女王」前後編でもいろいろ読者を驚かせてくれます。
小国が相争うギリシャ風な異世界で「王の盗人」という彼の役割は、日本の戦国時代の忍者によく似ています。2巻はまず彼が忍びの探索に失敗して敵国アトリアに捕らえられ、右手を切断されるという仕打ちを受けるところから始まります。1巻につづいて目の離せない始まりですね。 しかし忍者との決定的な違いは、エウジェニデスが王族であること。1巻では最初この事実が伏せられていて読者はあとからびっくりするわけですが、「盗人」という役割は、エディスの女王の親戚という身分でありながら、単身で危険をおかすのが公認されているような設定になっています。すると、今回のエウジェニデスのように失敗した場合、国と国との争いに発展してしまいます。むろん、これらの国々はきっかけがあれば争い合うのが常態になっていて、盗人の問題だけが戦争の原因ではないのですが。 このように、国家間の争いの中で単独行動し活躍する高貴な主人公は、なるほど古代ギリシャの英雄と似ているような気もします。王と貴族の関係なども、『イーリアス』世界を思い起こさせました。巻末の作者のことばに、 とくにみつけたいと思っていたのは、J.R.R.トールキンの影響を強く受けた、英米のハイファンタジーに見られる典型的な世界・・・とは別のものでした。――M・W・ターナー『盗神伝3』金原瑞人&宮坂宏美訳 とありますが、確かにこの世界は中世ヨーロッパとは社会の仕組みが違っています。 典型的な剣と魔法モノであれば、ヒーローはたとえ身分を隠していても堂々と立ち回り、偽名であっても名乗りを上げ、敵と相対するでしょう。もし彼が王族なら、忍者的な行動は許されず、もしあえて隠密行動をとっても王は彼の言動を認めないでしょう。 さらに、神々が全然ちがいます。盗神伝の神々は、現れ方や消え方が唐突なことをのぞけば非常に人間的で、俗っぽい感情を持ち、競ったり争ったりしています。低次元な争いからトロイア戦を起こすギリシャの神々とそっくりです。 「エウジェニデスが神々に裏切られていたってこと? ええ、そうだろうと思ってたわ」 「ある神に気に入られたいからといって、別の神を怒らせてはなりません。・・・(中略)・・・どの神も全能ではありません・・・」 ――『盗神伝3』 のように、神々は気まぐれで力も限られていると思えるときもあり、そんな神の思惑に振り回される人間は、エウジェニデスやアトリアの女王ならずとも、うんざりしたり絶望したりしたくなります。 このような神々と人間の関係は、描かれ方こそ違いますがマリオン・ジマー・ブラッドリ『ファイアーブランド』(トロイ戦争が題材)にも共通点があり、やはり古代ギリシャならではの世界観なのでしょう。 ところで作者ターナーは、ギリシャの神々をそのまま使わず盗神伝世界オリジナルな神々を創造したと語っていますが、エディスの女王の名「ヘレン」だけは、トロイのヘレンと同じ名を使っているばかりか、 絶世の美女であったために戦いのきっかけをつくってしまった神話のヘレン ――『盗神伝3』 とはっきり述べていますから、ちょっと疑問を感じてしまいました。 ともあれ、作者の意図した通り、ありきたりのヨーロッパ型ファンタジーとは違う世界に展開される物語は、読者の意表をついていて、面白く読めました。 主人公エウジェニデスには、今回、彼自身のアンバランスさ―――オデュッセウスさながらの策略を用いるかと思えば、仇敵であるアトリアの女王にまったく初々しい恋心を抱いたりして――に驚かせられながら、さらに試練が続くであろう彼の今後が気がかりでなりません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
April 22, 2013 11:32:05 PM
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