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テーマ:短編小説を書こう!(490)
カテゴリ:Hannaの創作
ナカノシマ・25時(つづき)
画面の光点が消えて、にじんだような深紅の文字が現れる。 BREAK IN! BREAK IN! 「とびこみ記事! オペレーション、ストップ!」 「救難信号、キャッチ!」 「動力室へ連絡!」 「第三エリアが救助に向かいます。バックアップ要請!」 き・いーん、いいーんときしりながら、あちこちのスピーカーの音声が一つの束になり、光ケーブルのようにフロアじゅうをめぐった。アリたちは倍速で駆け回って忙しそうだ。中の一匹がまっすぐぼくの方へ駆けてきて、先端がぬれたように黒光りする触覚で、名札に何か文字を書きつけた。 フロア中央にはマストのような巨大な丸柱があり、半透明な内部がリフトになっていた。ピストンみたいにそのリフトが上下している。 と、ドアが開き、中から白いアリが4本の腕を使ってさかんに手招きし始めた。残り2本で足踏みしながら、 「早く、早く!」 ぼくを、呼んでいるのだ。気づくと同時に走っていって飛び乗ると、ず・うーん! リフトは一気に奈落へと落ちてゆく。光・闇、白・黒。何度か入れかわり、やがてシャッとドアが開く。 そこは暗く脈打つ、心臓の内部のようだ。 ど・しん、ど・しん、ぐ・おん、おおん 轟音がひっきりなしに辺りをふるわす。何十メートルもの高さの、巨大な油くさい鉄のピストンが、上・下、上・下とエネルギーを送り出す。化け物のような歯車が、狂った抽選箱のようにぐるぐる回る。そこへ、 「輪転ストップ! 輪転、ストォォップ!」 こだまする大音声は、一緒に下りてきた白いアリ。とたんに、ず・しん!と機械は止まり、怪獣のため息のような、ふしゅーっという風が吹き抜けた。 「工場長だ! 転輪聖王(てんりんじょうおう)」 その声に仰ぎ見ると、機械たちの間を貫く脊椎に似た白いブリッジを、しずしずと長い裳裾をひきずりながら、黒い仮面の姿が近づいてきた。ぼくの前で立ち止まり、確かめるように首をかしげて、ぼくの目をのぞきこむ。 仮面の奥の目は、深淵のブラックホール。光と未来が閉じこめられて、解放を夢見てうるうる回っている。高速輪転機、燃える風車、それともねずみ花火か? 「最終版に間に合ったね」 墓場のカラスみたいなしわがれ声が、突然おそってきた機械の静寂に吸い込まれ、油じみたこだまをはき出した。 ぼくはそのこだまに包まれ、闇の目に魅入られて、方向感覚も重力もなくした。うすっぺらになって、転輪聖王の目の中にやきつけられ、ぼくはネガになってくるりと回る。ぼくを抱いた女王がとつぜん闇の衣を開くと、星くずに飾られた巨大な蜘蛛の巣が天井をおおった。 「…よろしい。降版なさい」 「了解、抜錨します!」 再び、機械の動き始めるとどろきが聞こえた。 「刷版オール・ラジャー。輪転、再開」 「磁場、よし! 動力、よし! 最終ロック、解除!」 「3、2、1、発進!」 ぐ・おーん、どんどど、ぐ・おーん、どどど… ブリッジから見下ろすと、下は底なし沼のような黒い水面。輪転機が回るたび鉄の外輪が水をかく。泡立つ暗い水のおもてに、ガソリンを流したような虹色の映像が流れていく。それは森羅万象の影、この真夜中の地下工場で人知れずつくられた、あらゆるニュースたちだった。 「どこへ行くんですか」 ぼくは工場長であり船長である女郎蜘蛛/転輪聖王に訊いた。 「『あした』へ行くのです」 「ぼく、間に合ったんですね」 「そう、おまえが今日の最後でした」 ぼくは転輪聖王の後について長い長い螺旋階段を上がり、ビルの屋上へ出た。ヘリポート、白いマスト、満艦飾の星くず。林立するビル群はいっせいにきらめきながら、ぐ・おーん、ぐ・おーんという汽笛とともにゆっくり川を下り始めていた。遠く、ターミナル・ビルが灯台のようだ。 河口から朝(あした)へ続く大洋へ、ナカノシマは今、漕ぎだしてゆく。 おわり。 今は建て替えられなくなってしまいましたが、地下に輪転機のある印刷工場をそなえた、新聞社のビルがモデルのお話でした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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