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20歳の冬、ニューヨークを見物しました。まだワールド・トレード・センターも立っていた頃のことです。
輝かしく繁栄する摩天楼都市、高度成長期の日本人の憧れと目標。漠然と私が持っていたそんなイメージは、灰色に雪雲のたれこめた、貸しオフィスの看板だらけの、薄暗い古いコンクリート群という実像に、ぬりかえられました。 ニューヨークは私の生まれた街です。といっても1歳にならないうちに帰国したので当時の記憶はありません。見知らぬままに“ホーム・タウン”として慕っていた街は、バブルにきらめく日本の街の景色と比べると、少しばかり廃墟のようでした。 V・ハミルトン『ジュニア・ブラウンの惑星』の舞台は、私のはたちの旅行体験を思い出させるような、凍てつく薄暗いニューヨークです。そして登場人物は摩天楼の輝きとは無縁な、その日その日を自力で何とかぎりぎり生き抜こうとしている人たちなのでした。 教師のプールさんは管理教育がいやになり学校から追い出されそうになりながら、肥満児の黒人少年ジュニア・ブラウンや、親も家もなく働いているバディを見守っています。帰らぬ夫と喘息に苦しみながらジュニアを育てようと必死の母や、一人暮らしで古い家具だらけの家におしつぶされそうなピアノ教師ミス・ピーブスは、精神に異常をきたしそうになっています。 これはファンタジーというより、現代社会の様相を切り取ってきた物語のようですが、私の好きなのは、厳しい人生を歩んでいる彼らが、太陽系の模型に独自の「惑星」ジュニア・ブラウンを付け加えたり、自分や人々を内包する巨大な「赤い男」の絵を描いたり、怪物じみた「親戚の男」の存在を信じたり、つまり現実以外の別の世界を持っているところです。 つらく厳しい現実の中で心のバランスをとるための、ファンタジー。それは生きることから逃避するものというより、生きるために必要不可欠なものなのでしょう。 もっともタフで頼もしいバディーは、行き場のない子供たちを集めて世話を焼いています。その小集団も「惑星」と呼ばれ、そこでの彼は「明日のビリー」という称号を持っています。 惑星。それは、ごみごみと混み合った寒く無機質な都会の中で思い描くとき、なんと美しく、力強く、壮大な感じがすることでしょう。遠くで光っていても人の住めそうにない恒星(star)ではなく、地球と同じ生命とめぐみにあふれている可能性のある惑星(planet)は、未来の希望に満ちています。 けれどまた、プールさんの操る太陽系の模型を思い浮かべると、惑星は広い闇の中で孤独です。太陽のまわりを回ってはいるけれど、また他にも惑星はあるけれど、ニューヨークの冬にも似た寒く厳しく何もない宇宙空間が、そのあいだに広がっているのですから。 ジュニア・ブラウンと名前がついていることから、惑星は、彼ら一人一人の命そのものだと思われます。宇宙の闇にぽつんぽつんと、孤独と戦いながらいっしょうけんめい太陽を浴びて光り、進んでいく、命の存在の貴重さが感じられます。 物語の現実は、いろいろ未解決な問題点を残したまま終わり、登場人物たちの未来がどうなってしまうのか、不安でもあります。安易な解決を示して物語を閉じてしまわず、今もニューヨークのどこかで彼らが必死に生きている気がしてきます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
January 21, 2014 12:30:48 AM
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