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カテゴリ:気になる絵本
『コルと白ぶた』は、ロイド・アリグザンダー「プリデイン物語」シリーズの番外編の一つで、近ごろ復刊されました。レトロモダンな感じのエバリン・ネスの絵や神宮輝夫の訳も、なつかしいです。
プリデイン物語は、魔法の白ぶたヘン・ウェンが「死の王」におびえて農場から逃げ出すところから、1巻『タランと角の王』が始まりますが、このぶたは以前にも死の王につかまったことがあると語られていました。『コルと白ぶた』はその時の話で、『タランと角の王』のいわば前史にあたります。 といっても、もちろんこの絵本だけで完結したストーリーになっています。主人公コルがつねに家と畑の作物の心配をしながら、白ぶた奪回の冒険を続けていくところが、ふつうの英雄冒険物語とはちがっておもしろく、親近感がわきます。 これはトールキンの『ホビットの冒険』のビルボ・バギンズが、つねに我が家と食事のことを思いながら冒険を続けるのと似て、一種の型破り--前回のP.S.ビーグル論に沿えばアンチ・ヒーローですね。常人離れしたヒーローなら畑のカブの出来ぐあいや我が家のお茶などに思いをいたしたりせず、危険と冒険に向かってまっしぐらに進むべきところ。 コルやビルボはふつうの人=我々と同じように、平穏な日常を愛する人間なのです。 それが、読者と主人公を結びつけ、物語に健全な「常識」をもたらします。 コルは若いときは戦士だったと説明されていますが、この物語では(カバーの返しに「いさましいおはなし」と書かれているにもかかわらず)、彼は一度も戦いません。旅の途中で難儀しているフクロウ、シカ、モグラを助けますが、驚くようなことをするのではなく、誰もができるちょっとした「人助け」です。 困っている者を見ぬふりして通り過ぎず、ちょっと一手間かけて助けるという、常識。これは、一般人に近いアンチ・ヒーローだからこそ自然に発揮できることかもしれません。 もちろん、コルは死の王に挑もうという勇気は常人以上にあります。それは戦士時代につちかわれた精神力なのでしょう。その強さと、戦士を引退してから野菜づくりをして得た、守り育てることの難しさ・大切さとが合わさったとき、彼の人格は完成度がアップしたのでしょう。 そんな彼の冒険ですから、読者は安心して読み進められます。絵本なので、読者年齢が低いことも考慮されているのかもしれませんが、「プリデイン物語」の主人公タランの、未完成で若々しい不安定さがかもしだす焦燥感・危機感・危険に満ちた世界とは、かなり違うおもむきの物語。プリデイン物語のハラハラドキドキを期待すると、ちょっとあてが外れるかもしれません。 ともあれ、コルが無事白ぶたヘン・ウェンを連れ帰ると、心配していた畑の作物はよく手入れされ、家もきちんと維持されていました。大預言者ダルベンが来て、彼の留守を守ってくれたばかりか、今後いっしょに暮らして彼を助けてくれることになったのです。 ここに、冒険以上の「収穫」があります。『ホビットの冒険』ではビルボは結局危険でつらい目にさんざん遭ったせいか、あるいは魔法の指輪を得て使ったせいか、帰ってきた故郷では死んだ者とされ、家は売り立てに出されているという、危機的状況が待っていました。もちろん、すぐに元通りになるのですが。 冒険で何を得るかは主人公の精神的成長にかかっていますし、逆に、冒険での精神的ダメージによって、結末の主人公と故郷(ホーム)もダメージを受けることがあります。してみると、コルの冒険は大成功といえるでしょう。野菜の心配ばかりしていましたが、そんなコルだからこそ、今までにないすばらしいカブの収穫と、ダルベンという良き家族を得たのですから。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 18, 2016 12:31:07 AM
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