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カテゴリ:近ごろのファンタジー
昨年(2023年)の超話題作。次々と続編も出ているので、とりあえず第1巻電子版を入手しました。『はてしない物語』風の表紙だし、本当はハードカバーが欲しいところですが、最近本棚にゆとりがないので・・・
前半は普通に、後半の怒濤の展開は怒濤の速さで読んでしまいました。異世界、歴史物、そして繊細な自己形成やロマンスの魅力がぎゅっと詰まった青春小説でもあります。 荻原規子の勾玉シリーズ以来かなあ、どんどんまっすぐ読み進めるこの充足感! 前半はおもに異世界の紹介という感じ。巻頭の2枚の地図が示すように、大きな異世界の枠組み(中世の西欧風)の中に、その世界から見ても異世界と思われるユニークな小国レーエンデ(山に囲まれ湖があって法皇の傭兵で…スイスみたい、と最初私は思いました)があるため、読者は段階を踏んで二重に奥まった異界へと誘われます。 最初は風物の描写や説明が多くなりがちですから、読者はちょっとぎくしゃくしながらついていきますが、これは初めて見る世界、会う人々に目を見はりぎくしゃくする、初々しい主人公ユリアも同じで、だんだんになじんできます。 地名が出てくるたびに地図を繰ったりしながら、この異世界になじんでいく感じが、ファンタジー好きにとっては、まずは快感です。 レーエンデ国は内陸にありますが満月の夜に時として幻の海が出現し、幻の魚が泳ぎます。ほかの部分に魔法や超常体験がなく、かっちりと理にかなった手ざわりの異世界なので、この神秘がきわだって印象的。 ・・・それは絹の光沢を帯びていた。手触りさえ感じられそうなほど濃厚で滑らかだった。銀色の薄衣がうねり、たゆたい、渦を描く。大蛇のように地を這い、身悶え、鎌首をもたげる。(中略)まるで滔々と流れる大河、飛沫き逆巻く急流のよう・・・ ―― 多崎礼『レーエンデ国物語』 いい感じですねえ。森に現れる銀色の霧が次第に大河、急流、海に感じられ、古代魚が泳ぐ。そう思ってふり返ると、ふだんから時々銀の泡が飛んだり、梢のざわめきが潮騒に聞こえたりしていましたっけ。 スイスみたい、と思ったもう一つのわけは、トゲのある大きな古代魚が、スイス・アルプスで発掘される化石の魚や魚竜を思い起こさせたから。アルプス山脈は大昔、海(“幻の海”テティス海)だったので水生生物の化石が出るそうですが、レーエンデも太古には海だったのかも、それをいうなら陸地ができる前はどこだって海だった、その太古の海が時空を超えてよみがえるのが「幻の海」という現象なのかもしれません。 それからまた、別の見方をしますと、幻にせよ水というのは(ユングなどによれば)無意識の象徴です。理知的な自意識の日常世界に突如として押し寄せて、根源的で感性的で理屈に合わない圧倒的なエネルギーで、世界や意識に変化をもたらし再生を促します。 私的には以前から、たとえば、宮崎駿「崖の上のポニョ」で大きな月のもとあふれた海の圧倒的な存在感(古代魚も泳いでました)や、上橋菜穂子「守り人シリーズ」の水界ナユグの幻想的な描写、水の精霊の卵を宿した皇子などに、異界としての水の再生のエネルギーを感じました。また、あしべゆうほ『クリスタル・ドラゴン』にも、不意にやってきた「幻の波」に乗って常若の国の世界樹のもとへ行く話がありましたっけ。 レーエンデの「幻の海」も、現実世界(といっても外枠の異世界です)や意識界が停滞したとき、それを補うようにパワーアップする無意識・ファンタジー界なんでしょう。やがて世界と主人公たちを変化・再編成へと導く――これぞファンタジーの底力そのものですね! 意識界の停滞について。魅力的な登場人物たちは、それぞれが未来に対して「詰んで」います。政略結婚から逃げてきたものの自分の生きる道が見えない主人公ユリア。生まれと業病(幻の海の刻印ともいえる銀呪病)のために若くして人生の終点が見えているトリスタン。視力を損なってもはや英雄として戦場に立てないヘクトル。「幻の海」はその行きづまりを別次元で打開するきっかけとなっているように思えます。 ユリアが、無意識界の中心・再生する自己の象徴ともいうべき赤子を宿したあと、現実世界でも状況がどんどん変わり進んでいきます。後半のたたみかけるような簡潔で怒濤の展開に、加速をつけて回り始めた運命の歯車の変転パワーを感じ、一気に結末まで駆け抜ける爽快感がありました。 もちろん、読者としては幻の海や赤子の正体など、さらなる説明が欲しいし、後日譚も簡潔すぎて色々知りたいことがいっぱい。 あと、冒頭にくり返された「革命」という言葉が、どうも宙にういたままの気がするんですが(終章まで読んでも、「内戦」とか「独立戦争」はあるけど、ユリアの生涯に起こった出来事はどれも「革命」じゃないですよね)、ユリアは「革命の始原者」とあるから、解明は続巻に引き継がれているのかしら。 早く続きを読まなくちゃ、のHANNAでした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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