カテゴリ:ぼくの疑問符
先週の電車内の出来事がいまだに自分のなかで整理がつかず、ときどき思い出す。
こんな記憶とひょっとして一生付き合うことになるのか。 会社帰り。上野から北千住までの常磐線車内。 新聞を広げて読めるていどの混み具合。 ぼくは扉近くのつり革にぶら下がって目を閉じていた。 左隣の女性が突然声を上げた。ぼくは目を開けた。 「やめてください」ときっぱり言って、その向こうにいる男の右手をむんずとつかんでいた。 男は上品ではないが下品でもない、ほぐれた感じの通勤人だった。 悪びれたり、しらばくれたりというより、むしろ「えぇ~っ」と困惑の悲鳴をあげていた。 小柄な女性のほうがよほど気丈(きじょう)だった。 さあ、どうする。目を開けたら車内の捕物帖になっていたのだ。 瞬時に思ったのは、女性はなぜ痴漢男を避けて位置を変えなかったのかということ。 車内は、人のあいだを軽くすりぬけられるていどの混み具合でしかなかった。 とにかく放ってはおけない。 さりとて、男のうろたえ方から見てひょっとしたら冤罪かもしれないから、女性への荷担に飛びつくわけにもいかない。 「いいよ、俺があいだに立つから」 と不機嫌な口調のことばがぼくの口から出てしまった。 とにかく、女性の盾になってやる必要はあるだろうと思い、女性をぼくの右隣に立たせ、男をぼくの左隣に立たせた。 男の息は荒かった。 我ながら適切な判断だったかなと思い、また目をつぶっていたら、今度は女性がしくしく泣き出した。 その泣き方がどうも下手なウソ泣きっぽいのである。 一難去ったのだから、泣くより先にぼくにありがとうの一言でも言ったらどうだと思った。 これでもけっこう勇気が要ったのだから。左隣の男の息はまだ少し荒いぜ。 すすり泣きはやがて激しさを増し、女性の前に坐っている乗客が涙をふくハンカチを渡してやったりしている。 おいおい、なんで泣くんだよ。さっきはあれほど気の強いところを見せたのに。 北千住に着いた。ぼくが降りる駅だ。 女性も早く車輌から降りて痴漢男から離れればいいのに、と気にかけた瞬間のことだった。 「このひとが悪いんです!」 と、さっきまでしくしく泣いていた女性が一転力強く叫んで、人差し指でぼくの左隣の男を指す。 なんでこの女性は好んでリスクを冒すのだろう。男が車外で逆襲してきたらどうするのだ。 男の脇に立っていた酔っ払いが「おい、あやまったらどうだ」と男に言う。 男を一方的に悪者にしていいのだろうかという考えがよぎった。 「どっちが正しいか分からないんだ」 と大きな声で独りごとを言って、ぼくは男と酔っ払いのあいだをすり抜けるようにして車輌を降りた。 正しい判断だったのかどうか、よく分からない。 女性がしくしく泣き出したのも、「いいよ、俺があいだに立つから」というぼくの一言がいかにも面倒くさそうな口調で、まともに取り合っていなかったからだろうか。 女性と“痴漢男”のようすを見た瞬間から冤罪を疑っていたから、ぼくのそういう気配が伝わって気分を害したのだろうか。 一歩引いたところで考えつつ、当座のリスクだけは最小限に抑えるべくモグラたたきをする日頃の基本動作が出てしまったぼく。 それに対して、どうもこの女性はまったく逆の発想のひとだったようだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ぼくの疑問符] カテゴリの最新記事
|
|