テーマ:中国&台湾(3304)
カテゴリ:ことばと文字
大島正二(おおしま・しょうじ)著 『漢字伝来』 (平成18年刊) は、漢字がいかに日本語表記の手段として定着してきたか、その歴史が簡潔にまとめられていて、ためになった。
個人的におもしろかったのが、『万葉集』 につかわれた万葉仮名が華麗な文字遊びと高い美意識に満ちていたことを実例をあげて記述した125~132ページのあたり。 7~10世紀の隋唐時代の中国古代音を推定する学問のさわりを紹介した170~197ページも興味深かった。 漢字の字源解説で中国古代音に言及されているのを辞書などでときどき目にしてきたのだが、それがどのように体系だって推定されたものなのか、よくわかった。 隋唐時代の標準中国語は36もの子音があった。 学習にはかなりの難物だ。 著者の大島正二さんの専門外だったからだろうが、ハングルについての記述はいただけない。 何かと政治的意図をもった問題出版で物議をかもすことが多い 「岩波新書」 なので、批判したい気持ちがうずく。 問題箇所は153ページ。 問題箇所の直前の段落には、こうある。 ≪(ハングルを創らせた) 世宗が亡くなってから、その子の世祖も父の遺志をつぎ、ハングルによる数々の仏典の翻訳を刊行するなどして、しだいに国字として定着するかにみえたが、やがて反動がおこり、ハングルは女性のあいだだけで用いられ、また啓蒙的なものや外国語の教育などに使われることがほとんどであった。≫ ここまでは、よしとしよう。 (「啓蒙的なものや外国語の教育などに」 というところが具体性を欠き、やや分かりにくいが。) そのあと、こうある。 ≪ハングルに対する冷遇はその後ながくつづいた。 そしてこの文字が朝鮮民族の文字として陽の目をみるのは、第二次世界大戦が終わって日本の植民地から解放されてからのことである。≫ これは韓国人・朝鮮人に対してずいぶん失礼ではないか。 『朝鮮日報』 や 『東亜日報』 をはじめとする新聞・雑誌や書籍出版は20世紀前半、ハングルをつかって盛んに行われた。 それでも岩波史観では、「ハングルは日陰者だった」 という整理だろうか。 朝鮮の新聞に出た慰安婦募集の広告も、漢字ハングル交じり文だが。 昭和10年代にはハングルの正書法の大改革が行われ、これが社会に受け入れられ定着したため、日本の撤退後に朝鮮半島が南北2つの国家に分かれた後も、2国間で正書法はほとんど乖離せずに済んだ。 モンゴルのパスパ文字についても、148ページに ≪漢字をしりぞけ、元帝国で生まれたこの文字は、王朝の滅亡とともに砂漠に消え、ふたたびよみがえることはなかった。≫ と締めくくっているが、現在も使われている縦書きの蒙古文字との関連がまったく書かれていないのは、どうしたことか。 * わたしの本 『日本の本領(そこぢから)』 を装丁してくださった大熊肇さんが 『文字の骨組み 字体/甲骨文から常用漢字まで』 という本を彩雲出版から出している。 日本で、中国で、漢字がじっさいにどのように使われてきたのか、実例をこれでもかこれでもかと見せてくれながら、切れば血が出る、叩けば銅鑼が響く、漢字の歴史を語る。 字体をどういつくしみ、整えてゆくのが望ましいか、自説を披露してくれる。 本文 336ページで、資料編もいれると 462ページの大冊で知の旅ができる。 文字を語る本だけに、読みやすいフォントを使用して著者みずからが組版した。 この充実した内容で価格 2,000円 +税 は安い。 漢字についての類書は多いが、文字の哲学をここまで親しみやすく語った本はない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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