宇宙飛行士の若田光一さんが、137日ぶりの地球の感想を記者会見で聞かれて、「草の香り」 のことを言った。
「 (シャトルの) ハッチが開くと草の香りが入ってきて、やさしく地球に迎えられた感触」 (産経新聞8月2日記事より) ハッチが開いて空気に匂いを感じる瞬間。 そんなことがありうるかと思われるかもしれないが、わたしは即座に納得した。 北京空港の練炭の匂いを思い出した。 機体が冬の北京の滑走路に降り、乗客の呼吸のために北京の空気を吸い込みはじめた瞬間、練炭の匂いが鼻に来た。 扉はまだ開いていないのに。 即座に記憶がくすぐられる心地よさ。 北京駐在時に住んだ路地裏に薄れつつ流れる練炭の煙。 空港の滑走路の近くで練炭を燃す人家があるはずもないのに、北京市を流れる空気にしっかりその匂いを感じた敏感。 ヒトという名の動物がぼくのなかにいる。 * 匂いといえば、本も匂いの存在だ。 インクの匂い。紙の匂い。 印刷直後に紙のあいだに振りかける粉の匂い。 製本するための糊の匂い。 国によって、使われる薬剤に違いがあるためか、本の匂いも異なる。 だから、輸入書のページを開くと異国の匂いが脳まで じかに来る。 たとえば、ロシアの書籍は謄写版刷りのインクの油っぽさ。 酢をかけたような、すえた匂いの紙。 その奥のかすかな粉っぽい甘さ。 それらが組み合わさって、刷られたなかみとは別の表情が浮き上がる。 * マニラ、バンコク、台北も、それぞれに飛行機を出て少し歩きだしたところで、ほら、来たぞ来たぞ、あの匂いだ。 南洋独特の湿気のなかに渦巻く、たぶん掃除に使う石鹸の匂いだとか、嗅ぎ分けようもなくかすかなスパイスか、あるいは何千倍にも薄まった下水の匂いとか。 たぶんこれまた、国によって使われる薬剤に違いがあるのがいちばん大きな要素のように思える。 * 若田光一さんのいう 「草の香り」 は、刈られた芝の匂いだろう。 あるいは湿地に盛んに育つ植物の匂い。 フロリダ州のケネディ宇宙センターには、米国出張中に行ったことがある。 9・11事変の年の夏。 陽の照りに、サングラスなしで行った無謀を後悔した。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
Aug 11, 2009 12:22:20 AM
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