カテゴリ:美術館・画廊メモ
東京藝大の美術館は何度も来たけれど、卒展ははじめて。才能がぶくぶくと沸騰してる釜でゆでられる覚悟でした。
学部卒業生3名、修士修了生9名の作品を批評します。 ◆ 中野 岳(がく)さん (学部・彫刻) 「バブリーカー」 門を入ってすぐ、大学美術館の玄関前に置かれた黒いバン、セドリック・デラックス。 車体もシートもハンドルもヘッドライトのガラスも、およそ車の表面を構成するものが、とびきり気前のいい寿司屋のネタくらいの大きさに切り刻まれズラされ貼り戻されている。(車体の鋼板断片は溶接で再構成された。) おそらく何千という展示品のなかで唯一すべての観覧者が見、インパクトを受ける作品。 作家は足立区梅島に住んでいる。 伝言ノートにコメントを書きつつ ふと、2台の自動車の表面をこんなふうに切り刻んで一部の断片を相互移植したらどうなるだろうかと想像が膨らんだ。 2台の車のあいだを、蟻の列のように断片どもが行進する……。 ぜひ小型車2台でやってみて! ◆ 橋本野生(のぶ)さん (学部・鍛金) 「巣食う」 この作品は、人通りの少ない美術学部中央棟の2階の暗い教室にぽつんと展示されている。 冷蔵庫のなかに、軍艦島というか香港の九龍城というか、上へ上へと几帳面に増殖したスラムを作ってしまった。層と層をつなぐ梯子、楼と楼をむすぶ縄、縄にぶらさがる金属製の布……。 ミニチュアの部屋の内部からの照明に照らされて浮かび上がる営為は蠱惑(こわく)的だ。 ◆ 野田朗子(あきこ)さん (修士・ガラス造形) 「いそがないで」 大学美術館B2階に展示。 極楽の舟かしらん。蓮の花びらと花托と種のガラス工藝。花びらの赤みと透明感がリアルを超えた美しさ。褒め言葉をノートに残していたら、作家の野田さんが声をかけてくれた。 野田さん 「花びらと花托と種と、それぞれに異なるガラス工藝の技術をつかっています。花びらは、ガラス粉末を型に入れて焼きました」 泉 「花びらの筋が赤いのは、何度か焼きながら表面に色を足していったんでしょうか」 野田さん 「花びらは、2回焼いています。1度目は平たい粘土製の型の表面に細かい筋を彫り付けて赤いガラス粉末を乗せ、そのあと透明や白のガラス粉末で型を満たして焼くのです。赤い筋いりの花びら型の平面が出来上がります。 それを今度は花びらの形を模した型の上に置いて焼くと、ガラスが柔らかくなって型どおりの形に仕上がります。 赤いガラス粉末が熔けてしまわない程度の温度で焼きます。熔けてしまうと混色してしまい、期待した効果が生まれません」 超絶技巧だ。いや、あの はかなさと強さを併せもつ美は、技巧だけでは生まれない。 ◆ 豊澤美紗さん (修士・ガラス工藝) 「街にゼリーが降ってきた」 大学美術館B2階に展示。 怪獣映画世代のぼくなど、無性に想像を羽ばたかせてしまう。 ガラスと銅箔でできたビル街は、「鉄人28号」 の街のようにも見えるな。 そこに巨大な天使のうんこのように (失礼!) 、いや、神様の涙のように、透明ガラスのでっかい露が降臨した。 じっさいにこれを作られてみると、眺めていて飽きないんですねぇ。 ◆ 緒方陽奈(はるな)さん (修士・彫金) “Vallmo” 大学美術館B2階に展示。 Vallmo とはスウェーデン語で 「ひなげし」 のこと。 緒方さんのひなげしはアルミニウムと銀の細い線で繊細につくられた、れんげの花のようでもあり、岩浜の生物のようでもある。 多彩に妖しく、野の花のようにいさぎよい、色の饗宴。 え? 形容が矛盾してるって? 二面性、三位一体こそ、工藝の魅力でしょ。 ◆ 佐藤草太(そうた)さん (修士・日本画) 「予感」 大学美術館B2階に展示。 日本画でもっとも気に入った作品。シュールレアリスムとは、この境地に帰着すべきなのではないかと思った。 泥よけさえ付いていない古典的黒自転車に乗る、黄色いブラウスの一途(いちづ)な少女は写実的に描かれているが、風になびく髪がもの狂いの姫を連想させる。さびしい妖怪の仮の姿としての人間。 全体の色調は、ミクロの錆(さび)がまぶされたよう。たそがれ色とも言えるが、空は青い。青くて、錆びている。舗装道路も赤錆びた鉄板のようだ。 絵の表面に異形のものがいるわけでもなく、異常なことが起きているわけでもないのに、あきらかに現実ではない。一見したところ現実画でありながら、すぐには説明できない非現実感にぞくぞくさせられる ―― そういう体験がしたくて我々は絵に向き合うのだ。 ◆ 繭山桃子さん (修士・日本画) 「可視光域の外構」 大学美術館B2階に展示。 夜景、というと遠景を連想する。近景は、夜景としての純粋さを得ることが難しく、夜景として成立しにくいからだ。 その盲点を衝いて、絵画ならではの近景夜景を見せてくれたのが繭山桃子さん。 近景は、うら寂れたワイヤの柵と工事現場の区画。遠景とまではいかぬ中景に、観覧車と回転木馬。 漆黒の闇のなか、さまざまな灯火に浮かぶのは人工物だけで、生物は雑草の双葉とてない。もっとも手前にはピエロの人形がうち捨てられている。 じつは徹底した人工構成なのに、ぱっと見はただの写実画のように見せる。ブラックな遊び心が心憎い。 ◆ 小塚直斗(こづか・なおと)さん (修士・油画技法材料) 「2009~2011」 「2010~2011 大学美術館3階に展示。 亀頭をさらして横たわる全裸の男。 乳暈(にゅううん)の著しい妊婦の全裸。 それぞれ横3.9メートルないし縦3.9メートルの大画面で、体毛の一本、のびた爪の数ミリさえ生々しいハイパーリアリズム作品。約束されたインパクトだ。 ◆ 菅(かん)亮平さん (修士・油画技法材料) 「Fictional scenery」 シリーズ 絵画棟1階に展示。 昨年 +Plus 展でお会いして、今回の修了展の案内をメールで下さった菅さん。 いちど室内調度のミニチュアを制作し、その写真をもとに作品を作ってゆく。 回り道が生む、現実からの微妙なズレが魅力だ。 今回の4作品のなかでは、廃墟と化したトイレがおもしろかったが、最初の驚きを過ぎてみると立体感が妙に乏しいのが不満に思えるから、鑑賞脳は傲慢だ。 ◆ 大坂秩加(ちか)さん (修士・版画) 「子供は外で遊ぶのが好きな元気な子に育てたい」 「雨、所により花吹雪」 「幕開きでございます」 「どんでん返しって気持ちよくて好き」 大学美術館B2階に展示。 作品の題も人を喰っている。センスよくあざやかな色彩、あわわあわわと茶目っ気ある構成。現代浮世絵の師匠号を差し上げたくなる。 小ぶりの作品を作ってくれたら、買いたいな。 ◆ 立川彩乃さん (修士・版画) 「となりの怪人」 シリーズ 絵画棟8階に展示。 狼キャラ、鴉キャラが紡ぎだす中世的な魔のストーリー。銅版画でありながら、背景には日本画めいた にじみ の技も。 個展で1枚買いたくなる作品群。 ◆ 品田祐佳(しなだ・ゆか)さん (学部・日本画) 「記憶」 絵画棟4階に展示。 学部生の日本画のなかでは、品田さんがピカ一だ。 色彩はくすんでいるが、白と黒の使い方にめりはりが利いている。描線も的確。 色調のめりはりが生む画像の確かな存在感が、深い好感につながる。 * * * 2月2日午前に再訪しました。その感想はこちらに: 再訪 東京藝大卒業・修了作品展 学部生は総合工房棟のデザイン科作品がおもしろい お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[美術館・画廊メモ] カテゴリの最新記事
|
|