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カテゴリ:中村美香子(さんさんぷろじぇくと)
今日は、ふーんと思ったことふたつについて。
ひとつは、保育園の機能について。6月に行う、この4つ葉のタウンミーティングでとりあげるのも保育。今日私が書くのは、保育園のやる保育について、じゃなくて保育園というリソースについてだけど。 私も、2歳児クラスと4歳児クラスにひとりずつ子どもを預けている親で、昨夜は保育園仲間5家族で、うちで集まった。 昼間の2時半ごろから集まって、子どもにおだんごをこねさせ、みたらし団子をつくった。柏餅といきたかったんだけど、柏の葉が入手できなかったので。まあ、みたらしのほうが簡単だし。何事も、カンペキ主義はよくない。子どもという圧倒的な「タイヘンなモノ」の存在は、私に、若い頃のカンペキ主義的な傾向を、かなり手放させてくれたと思う(笑)。いや、めでたいことだ。 そのへんから大人はお酒のみのみ。そしてどっさりの晩ご飯。 保育園仲間で集まった。なんていうのは、どこにでもよくある、簡単な話のように聞こえるかもしれないけど、そーでもないんだこれが。店じゃなくて誰かの家で集まると、食べ物や子どものめんどうの見方で、結構いろいろ工夫することがあって、そのへんが大変。 でも、なにかが生まれるのだ。一緒にその場をつくることで。 そんな感覚が好きで、結構私は保育園の仲間を家によんでいる。朝から食事づくり三昧になって、ちとしんどいけど、料理は得意だと勝手に思っているので、それを発揮して満足する場としても利用させてもらっている。 ゆうべの会は、自分なりにちょっと意図をこめて開いたものだった。 意図というのは、ひとつは、パパもできるだけ来てね、とあえて表明したこと。 こういう会は、気がついたらオットはぴゅーっと逃げ出してひとりで楽しくやっている・・というパターンが結構多いからだ。でも、いつもお迎えに来るのはお母さん、の家族が、土日もさらにそんなふうになるのは本意じゃない。 男たちにも、一緒にしっかり、「その場」をつくってほしい。 子どもがいる大人は、交流もままならないのだから、その場をいっしょうけんめい努力してつくらなければ交流できないのだから。それは、女が好きでやっていることだから、と逃げちゃいけない。子育てという生活の中で、どうしようもなく必要で楽しいからやっていることなのだから、子育てという生活の中に、きちんと身をおいて、男も参加しなくちゃならんのよ。 まあ、それと、キホン的に人との交流ということでは、男はやっぱりへたくそなので、女と子どもばっかりになってくると、余計足が遠のいてしまうからね。 ということで、パパも来てねとあえて言ってみた。やっぱりなかなかよかったよ。雰囲気が変わる。 もうひとつは、保育が欠ける理由が、両オヤの就労じゃなくて、保育園に通っている子の妹が、心臓が悪くて入退院を繰り返すという難病で、毎日お母さんが病院に通っている生活だからという家族を、よんでみたこと。 つい、アンタッチャブルな感じがして、腫れ物にさわるような感覚でいるのじゃなくて、力になりたい、仲間になりたいのよっていうメッセージをその家族に送りたかったのだ。 実際、よんでみると、そこはそれ、毎日タイヘンな生活をしてる者どうしだから、ちゃんとほかの家族も、「お迎えのとき一緒にピックアップしてしばらく預かってるとかできるからね!声かけてね」と話をしていた。 上の子にもっとフツーに、土日に遊ばせたりしたいとか、やっぱりあるだろうと思うのだ。上の子もいつも病院に一緒に行くのがいやなときだってあるだろうし。 下の子はもうすぐ大手術を控えているのだけど、そのお父さんが、「もうすぐゴールだ。」ってにっこりしてみせた姿に、私たちも、とおっても学ぶところがあったし。 それから・・・。 みんなと騒いでいる中では、ほんとにシンコクな口調で話はしないのだけど、はしばしに出てくることばの中では、やっぱりみんな、それぞれに問題的状況は抱えているのだなあと感じる。 どれもシンプルなことで、いまさら目新しい子育ての課題というわけではない。 やっぱり、ひとつは、子どもに対する態度のこと。 みんな、自分の態度について、100%自信をもってるわけじゃなく、 つい感情的になってオコッたり、自分が「切れて」オコッちゃうことに、「あーいかんっ」と日々思ったりしてるんだなーと、感じた。つまり、本来やりたい子育てともいうべきものがあって、なかなかうまくできないという思いを抱えながらやってるってこと。 もうひとつは、オットとケンカしてしまう!ということ。 もちろん、私もそのふたつで日々悪戦苦闘しているひとりだ。 でも、不思議な気もする。こんなにいろいろ、社会はどんどん高度化している感じがあるのに、このへんの問題って、むかーしから変わってない。問題の角度は変わってきてるのかもしれないけど、字面でいわれると、そんなの前からみんなそうじゃん、という感じだもんね。 なんかね、ここのスキルがもっと高度化できればいいのに。 保育園は、オットとの問題についてはスキルを蓄積したりはしてないけど(笑)、子どもに対する態度のほうでは、えらいスキルを持っている場所だ。 保育士が切れまくっているという状況は、さすがにない。 これをなんとか、オヤのほうにも還元できないものかなあ。 保育園の親同士で一緒に預けあいをやって、自分の子もほかの子も保育するような場があって、そのために保育士の「先生」から研修でも受けて、プロのスキルを教えてもらえるような機会があればいいのにな。 もちろん、オヤになって、毎日の子育ての中でいろいろ学んでいくプロセスは大事なのだけど、 ここだけ、なんだか効率化が図られてないよなあ。 もっと、早い段階で、こんなとき、こんな態度で接して、自分にも子どもにも満足してハッピーに子育てできたらいいのに・・・。 自分たちの働きかけややりようによっては、保育園というのはすごいリソースになるような気がする。 1.一緒に子育てしている、という人とのつながりをつくる。 2.子育てのスキルを学ぶ。 このふたつの意味で。 ひとつめは、がんばって連絡とって、料理して、掃除して、家を提供して集まることで、ぼちぼちやっている。 けど、もっとホンモノの関係をつくりたい。一緒に子育てする環境について考えることができるようなね。子育て関連政策、保育園のありかた、ワークライフバランス、食育、といった、人によって考え方が分かれるようなハナシができるとこまではいってない。これができるようになるとかなりいいんだけど・・・。 実際は、昨日、ようやく、「○○ちゃん(ウチの子の名前)のとこはお菓子禁止?」「うん、わりと禁止。」「じゃあ、持って帰るね。」と、持ってきてもらったお菓子の類を持って帰ってもらった・・・ところまで。 はっきり主張しない私がいけないのだけど。それでも、昨日は、みんなに連絡メールを打つときに、「おだんごつくるので、お菓子はそれだけにしとこうね。」という文言を入れて、「そのへんで売ってるお菓子をどさどさ持ってこないでね!」というメッセージは発信したので、まあ、一歩前進なんだけど。 ふたつめは、まだやってない。でも、そんなスキルの蓄積のある保育園に、ただ日中預かってもらってるってだけではもったいない。 なんて言うと、昨今課題になっている「保育士の疲弊」につながってしまうのかもしれないけど、疲弊させない程度に。だって、こころある保育士なら、自分のスキルで親も高まっていくことが実感できれば、すごくやりがいがあると思うと思うんだもん。 子育て関連政策ももちろん大事だけど、自分たちで、すごく身近なとこでちょっと何かを動かすのも大事。 昨日は、すこおし、やれたかな? 子育て関連政策のハナシでは。 最近本屋でよくみかける「スタバではグランデを買え!」(吉本佳生、ダイヤモンド社)という本のなかで、子どもの医療費の無料化は子育て支援策にならない、という議論がなされていた。 その主張は、そんなことすると、オヤはなんでも子どもを病院に連れて行くようになり、今でも足りない小児科医不足に拍車をかけることにつながるというもの。 患者が増えれば、診療報酬も増えるのでは?と思うところだが、ほとんど治療する必要がない患者が増えてもたいした収入増にはならず、手間ばかり増えて過酷な労働状況を生み出し、小児科医のなりてがかえって減少するだろうというわけ。 また、それで病院が混みあって待ち時間が増えれば、オヤの時間コスト(その時間に仕事をして得られたはずの収入。機会費用ってやつですね)も増す。しかもそれは、働いて収入を得ているオヤが連れて行かざるを得ない世帯と、専業主婦や年金暮らしのじいちゃんばあちゃんが連れて行く世帯とでは、コストのかかりかたは不平等であるという議論もされていた。無料だから全員に平等なわけではないのだと。 そしてちろん、長い待ち時間は、オヤの、労働と子育ての両立をさらに困難にする。 さらには、その医療費を肩代わりすることで地方自治体の財政赤字が増えれば、そのツケは子どもたちが支払うことになるとも。 これは国のオカネ入ってないのね。国で制度を設けろという主張をしている団体もいるみたいで、俳優など著名人が呼びかけ人に名前を連ねていた。 医師の方のブログでもとりあげられていた。こちらは、スタバ本に賛成というもの。 私はというと。 以前から、この子どもの医療費タダ政策は、うさんくさいなあと思っていた。 それは、子育てオヤにとってありがたいかどうかという意味で「効果あるのか?」という観点で思っていたことで、スタバ本のように、小児科医が減るという影響があるのでは、とか、医療を受けるコストはトータルでみれば安くならない(時間コストで)とか不平等になるとかいう観点ではなかったけど。 単純に、乳幼児から中学生までに対象を拡げたって、中学生の病気になる頻度なんてなんぼのもんじゃいと思い、安い費用で一見スゴイような政策をやって票を集めるというスタンスが見え見えでないの?と思っていた。今でも思っている。 ま、すごく効果のある政策なら、それにかかるコストが低いのは歓迎すべきなんだけどね。カレからもらうバッグは、ビトンのじゃなくたって、カワイければいいのだから。 総合病院の小児科が減っていることにこの医療費タダ政策はやはり関係があるのだろうか。それはまだ検証してない。しかし、いずれにしろ、安くすれば安易に病院に行くという因果関係は否めないだろう。自分もそうだしな。インフルエンザの予防接種(タダにならない)となると、急に迷うもん(笑)。やっぱりこの政策はアカン。タダほど高くつくものはないということか。 スタバ本は、「何でもかんでも政府に期待して安易に要求する市民は、程度の差こそあれ、政治家と癒着して不当な利益を得る企業とさほど変わらない問題を引き起こしている、と自覚すべきでしょう」と結んでいる。 政策について意見を表明するときに、萎縮することはないけど、この感覚は持っとかなあかんのね。 おお!忘れてた。今日は子どもの日だよ~(笑) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 5, 2008 09:34:56 AM
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