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カテゴリ:當間紀子(子ども幸せ研究所)
こんにちは、當間です。
「ほしいものが、ほしいわ」 コピーライターの糸井重里さんの 代表的なコピーのひとつ。 初めてこのコピーに出会ったとき、 何と意味深長なコピーなんだろう と、うなってしまいました。 “自分が本当に欲しいもの”が欲しいのに、 市場に出回っていないことを意味するのか、 “私が欲しいもの”を誰か作ってと言っているのか、 ものに充足されすぎてしまって、 “欲しいもの”が分からなくなってしまった人の 悲鳴のようなものなのか、 ただ単に、「欲しいものが欲しいものなの」 と言っているだけなのか、 いったい、どれなんだろう? このコピーは、1988年、 西武百貨店のポスターに書かれたもの。 当時のことをよく覚えている人には、 上に書き出した解釈のうち、 どれが当てはまるか、よくお分かりだと思います。 * * * 暮らしの中での困りごとには、 既成の物やサービスでは対処出来ない さまざまなものがあります。 行政や民間のサービスどちらかでは とても補い切れないこともあり、 あれこれ組み合わせてみても どうも今ひとつしっくりこないことも あるでしょう。 じゃあ、作ってしまえ!と 自分たちで作り上げてみたものの、 思惑が外れてしまった ということはないでしょうか? 本当は自分が支えてもらいたかったのに、 “製造責任”で支える側に回ってしまい、 支えてもらえなくなってしまった……。 あるいは、誰かが頑張って作ってくれた仕組みを 享受することだけが当たり前になってしまって、 消費し尽くし、壊してしまった……。 * * * 着ている服も靴も住居も、 売られているものから選ぶ生活に すっかり慣れてしまっている私たち。 ベッドやタンス、食器棚といった家具も 既成のものから好みにあったものを選びます。 お店には、 次々と目新しいものが並べられていき、 そうした中にも好みや体型に ぴったり合うものを見つけたときには なんとなくほっと安心したりします。 いずれにせよ、 すでに用意されたカタログのようなものの中から 選ぶことに慣れていて、 完全な自分の好み、体型などに合わせた オーダーメイドのものに出会うことは、 めっきり少なくなりました。 日々、オーダーメイドでつくられているもの と言えば、唯一食事ぐらいのものでしょうか? それだって、忙しさについ、 出来合いのおかずを買ってきたり、 コンビニ弁当やファーストフードなどで 済ませてしまうことがあります。 宛てがい扶持のもので 適当にやり過ごしているうちに、 どれが本当に欲しいものだったのか、 自分に合うものはどういうものだったのか、 分からなくなっていたりしないでしょうか? お気に入りの靴をようやく手に入れて、 そのフィット感もデザインも大好きだったのに、 次にお店に行ったときには、 もう手に入らなくなっていた……。 仕方がない、次を探そう。 そんなことばかり続けていては、 だんだん居心地が悪くなる一方のような気がします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 29, 2008 07:27:48 PM
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