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カテゴリ:當間紀子(子ども幸せ研究所)
こんにちは、當間です。
すっかりご無沙汰しているあいだに、 こんなにもたくさんの方々が ブログに寄稿してくださるようになって、 なんだか頼もしく感じています。 元々ご縁のあった母子生活支援施設と さらに深い関わりが始まったのが今年の初めのこと。 ここ数カ月は、かつて母子寮と呼ばれ、 1997年の児童福祉法改正以降、 母子生活支援施設と名称が変わった施設の来歴と、 児童・女性・母子福祉の歴史をたどる毎日を過ごしています。 日本で最初に母子寮がつくられたのは、 日露戦争に出征した軍人遺族の 保護・救済のためだったといいます。 戦争が家族から夫を、父親を奪い去り、 生活困難に陥れたのでした。 日露戦争よりも遥か昔から 夫に先立たれたり、置き去りにされ、 生活に困窮している母子はたくさんいました。 平和を謳歌する現代にも、 手厚い保護と支援を必要とする母子がいます。 その名称が示す通り、 死別や生別などの理由で母子家庭となった親子に、 住まいなどを提供して自立を支援していくのが、 この施設の役割です。 どんなに自助努力をしようとしても、 どうすることもできない母子が入所する 最後の砦のような存在。 入所出来るのは18歳以下の子どもと、その母親です。 行政からの委託などで 緊急一時保護事業も行う施設が多いと書き添えれば、 入所時の緊迫した状況がお分かりいただけるでしょうか。 もっとも、緊急一時保護で入所するのは母子に限らないので、 それが入所の主だった理由というわけではありません。 多くは、孤立無援で住むところもなく貧窮している母子です。 死別から離婚による生別が 母子家庭になる理由を上回ったのが1984年のこと。 最近では非婚世帯も増えており、 入所する母子ともに低年齢化の傾向にあります。 入所期限のない時代もありましたが、 現在では入所期限は2年間と定められています。 「2年で自立を実現させるのは、あまりに非現実的」 現場の職員はもとより、関わる専門家の誰もが 2年間という期限の短さを嘆きます。 福祉の最前線には、「何がどうなったらこうなるの?」と 立ちすくんでしまうような状況に追い込まれている人々が たくさんいらっしゃる。 それが決して他人事ではないのかもしれない と気づかされたのは、 カナダでNP(Nobody's Perfect)の デモンストレーションを見学したときでした。 長くなったので、続きはまた次回に。 (現在では、母子家庭、父子家庭とも 「ひとり親家庭」と書くのが一般的ですが、 今回は敢えて「母子」という言葉を使用しました) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
August 17, 2009 01:47:20 AM
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