マツコさんは82才。
脳梗塞の後遺症、そして認知症。
マツコさんには二人の息子さんと一人の娘さんがいる。
病院に来たことはないが。
夜中に大声をあげるマツコさんを、
他の患者が不穏になるので、
観察室に移した。
マツコさんは食事が摂れない。
嚥下が出来ない。
だから持続点滴をして栄養・水分を補う。
マツコさんは時々、悲しそうな目で私を見る。
「さえちゃん・・・」
マツコさんの娘の名前、さえこさん。
3日前、マツコさんの容態が急変した。
熱発とレベル低下。
私はマツコさんの首の下に氷枕を置く。
マツコさんはもう目も開けない。
心臓の動きや、呼吸の状態を把握するために、
モニターが装着された。
当直の先生は、あと数時間かな、とつぶやいた。
家族に連絡しようと電話をかけたが誰も電話に出ない。
子供3人とも連絡がつかない。
カルテを見るとNO-CPR(延命拒否)
マツコさんは今年の3月に入院してきた。
トイレに行く途中、階段から落ちた、とのこと。
右太腿の骨折。
マツコさんは、それまでは、自分で歩いてたんだ。
自分で買い物に行って、食事を作って、
子供たちは成長して遠方に住み。
でも、自分で生きてたんだ。
人が年老いてやがてはその命が終わる。
そんな事はわかってる。
医療が進歩して、ほとんどの命は機械や、チューブで、
生かされている。
口から食べれなくなったら胃に穴を開けて、
流動の栄養食を入れる。
味も、ない。
温度も、ない。
呼吸が出来なくなると気管に穴を開ける。
呼吸器がつく。
マツコさんの家族と連絡がついた。
「今から行きます。2時間で着きます」
「マツコさん、娘さんが来るよ、
さえこさんが来るよ」
マツコさんの呼吸はだんだんと弱くなり、
でも、私の言葉が聞こえたかのように、
時々、大きな息を吸い込みながら。
「お母さんっ!」
さえこさんが来た。
当直医から説明を受ける。
「何でもいいから、母親を生かせて下さい!」
はい?
「お母様はこのまま、眠るようにお亡くなりになると思います。
延命をする、という事は口からチューブを入れます。
呼吸器をつけます。
そうされるんですね?」
「お願いしますっ!」
挿管する時、マツコさんの目から涙がおちた。
すすーーと、涙が流れた。
マツコさんは生きている。
機械で生かされている。
容態が安定したら、胃に穴を開ける。
そこから一日の栄養が入る。
娘さんは、「子供が待ってますから」と、広島に帰った。
マツコさん、これっていいのかな。
マツコさんにとって、いいのかな。
マツコさんの人生を、機械に任せて、いいのかな。
看護師をして毎回思います。
生きること、死ぬこと。
人は選べないんだ、って。
死ぬときこそ、自分の意思で選びたい。