南蔵院第二十三世 林 覚乗住職 講演
大分のお巡りさん佐賀県にある看護学校で講演をさせていただいたことがありました。250人以上の二十歳前後の女性を眼の前にし、私はいつになく緊張しました(笑い)。お寺には20歳、4人分ぐらいの方がこられることが、多いのですが正真正銘の20歳の方が団体で来られることはありません(笑い)。そこでも「常に受身ではなくて、自らが人にしてあげたときに、いい事がある」とお話しをさせていただきました。講演が終わって学校を経営するご夫婦が、お盆の時に、ライトバンのレンタカーを運転して大分県へ向い、そこでの大分県警のおまわりさんとの出来事をお話しくださいました。向かわれた目的は、午後11時に大分県の佐伯という町から出向している四国行きのフェリーに乗るためでした。しかし、乗りなれない車に知らない土地。時間は既に午後九時を過ぎています。ここままでは間に合わないと警察署に近道を教えてもらおうと飛び込まれました。その場所は、湯布院のある南大分警察署でした。警察署の職員さんからは、「ここから佐伯までは地元の人間でも二時間くらいはかかります。まして土地勘のない方の運転では到底間に合いません。(お盆で宿は満杯ですが)警察からの要請といえば、一部屋くらいは宿の手配は出来ますから今晩は、ゆっくり湯布院のお湯に漬かって明日にでもゆっくり行かれたらどうですか?」と言われました。しかし、このご夫婦はどうしても今日中に行きたいと言って譲りません。詳しく事情を聞くと・・・「私たちの19歳になる一人娘さんが高知でウィンドサーフィンをしている最中に溺れて死んでしまいました。身元確認と遺体引き取りに来て欲しいと高知の警察署から連絡があり、高知に向かう途中だと」正直に話されました。「生きている娘なら、明日行くからと電話も出来るけれども、まだ娘が死んだとは信じられないし、もし本当に死んだのであれば、一刻も早く行って抱きしめてあげたい」と涙ながらに事情を話しました。それを聞いた警察官は、まずフェリー会社に電話して出港を遅らせるように頼みます。しかし、公共機関の乗り物なので時間を遅らせることは出来ないし、お盆中で大変混んでおり、既にキャンセル待ちの車が並んでいる状態でした。「午後、十時半になるとキャンセル待ちの車を乗せるので、十時半前に来て欲しい。そうでないと、キャンセル待ちの車を差し置き、後から来た車を乗せるとクレームで収拾がつかなくなるのです」と言われたそうです。 それを聞いた警察官は、部屋を飛び出し格納庫に停めてあったパトカーに乗り込み赤色灯を回してご夫婦の車の前に来ます。そしてもう一人の警察官が「我々が先導してご案内します。この車は私が運転しますので、(ご夫婦は)後の席にお移り下さい。この車は只今より、警察車両として扱います」と言い運転席に乗り込まれました。パトカーに先導された車は、猛スピードで山中の林道を飛ばし国道10号線まで来ます。そこで「これより先は管轄が異なるのでお送り出来ませんが、まっすぐにいけばすぐにつきます。何か困ったことがあったら、警察署、交番、パトカー、どれでも良いので声をかけて下さい。大分中の警察官には連絡が回っていますので、(ご夫婦の)お名前を告げるだけで結構です」と言ってもと来た道を引き上げて行きました。そして佐伯に着いたのが、午後10時47分。遅れてしまったのでもうダメだと諦めようと思った瞬間、国道からフェリー乗り場までの道路脇にずっと、誘導灯を手に持った人たちが立って、ご夫婦の車が来るのを待っていました。フェリー乗り場では船長自らが待っていてくれました。そして、最後の一台分にご夫婦の車を乗せてくれました。まだ、乗り切れないキャンセル待ちの車もあったそうですが船長自らフェリー会社の職員と共に事情を話して回ってくれたそうです。それも、再三南大分署の職員さんからの要請に、船長さんをはじめフェリー会社の職員さんが心を打たれたからだと言うことです。残念なことに娘さんは亡くなっていたのですが、「あの夜、もしフェリーに乗れなかったら、どんな思いで一夜を過ごさなくてはならなかったか・・それを思うと、あの夜の2人の警察官さんは私たちには仏様のように思える」と、ご夫婦はおっしゃっておられました。 後日、私が大分県警で講演をしたときに、この話をしたのですが、その時に直接この若い警察官と話をすることが出来ました。彼は「警察官という仕事は損か?得か?で考えたら、とても出来ない仕事です」 と私に話をしてくれました。