第89話 『カスピ海よりも深い訳』
ライブ当日に景気づけのケンカに勝った僕とキヨトだったが、それにより相当な時間をロスしてしまっていた。気付いた時にはライブ開始まで30分しか残っていなかったのだ。 僕とキヨトは大急ぎで大阪環状線のホームへと降りて行った。 幸い環状線の電車の来る間隔は非常に短かったので、すぐに電車に乗ることができた。あとは大阪駅に着くのを待つだけだ。「くそ遅い電車やのぉ~。ライブ間にあえへんやんけ!」各駅停車の電車にイライラしながら僕は言った。「こんな色んな駅に止まらんと、大阪駅まで直行せえっちゅうねん!のぉ、キヨト!」そう言ってキヨトの方を見ると、キヨトはなにやら車両の反対側をじーっと見つめていた。「あいつら…文句あるんかい…」そう言うキヨトの目線の先には、これまたマッキンキンな髪の毛の頭の悪そうな奴らがこちらをじっと見つめていた。「おいおい、またケンカする気ぃかい!キヨト、もうええねん!!マジで間に合えへんっちゅねん!!」そう言って僕はキヨトの腕をつかんだ。それでもキヨトは目を逸らす事なく、しかしケンカに発展する事もなく、やっと電車は大阪駅に着いた。「キヨト、このままやったらヤバイ、間に合えへんど!おもっきしダッシュせなアカンど!」「ほんまやな、何でこんなに遅くなったんやろな!」 …キヨト君、すべてキミのせいです。あのまま喫茶店を出て逃げていればこんな時間になる事はなかったはずだ…と、そんな事を言っている時間も勿体ないので、僕たちは全力疾走でライブ会場に向って走った。 まだ200mも走ってないのに息が苦しい…ヤニの吸い過ぎにちがいない…これを期にタバコを辞めてしまおうか…なんて事はこれっぽっちも思わず僕は走り続けた。 会場には5分ほどで着いた。僕たちは、ゼェゼェと息を切らしながら楽屋に入った。するとそこにはなんと、鬼の様な形相をしたケンジが立っていたのだ。さっき”天王寺駅”で鬼は退治したはずなのだが、こんな所にもいるとは迂闊だった…「お前ら何やっててん!こんな大事な日に何で遅れるねん!!おまけにその顔なんやねん、ケンカしましたってまるわかりやんけ!」ケンジはカンカンに怒っていた。「いや、ちゃうねん、これにはやな、カスピ海よりも東シナ海よりも深ぁ~い訳があるねんか…」僕は必死で言い訳をした。「そんな寝言はええからはよ用意せーや!俺らの出待ちになってるねんど!!」今のケンジにはそんな言い訳は通用しないようだ…「は、はい…すみません…」僕たちは素直に謝り、すぐ用意にかかった。 とは言ったものの、僕のドラムスティックは完全に真っ二つに折れているし、キヨトのギターに至っては原型を留めていないくらいボロボロだった。おまけに二人の顔はボコボコに腫れあがっており、今まさにケンカしてきました感丸出しだった。 仕方ないので、急遽ケンジの友達にギターとスティックを借り、僕たちは初のステージへと向った…ウォーミングアップのケンカが功を奏したのか、不思議と緊張はしていなかった。 結構待たせたにもかかわらず、見に来てくれた人たちは暖かい拍手で僕たちを迎えてくれた。そして僕たちは1曲目の演奏を始めた。 僕たちが遅れたせいで時間が押し、予定の7曲全部やりきる事は出来なかったが、僕たちは時間の限り全力演奏した。 2曲目3曲目と進む毎に会場も盛り上がり始め、最後の5曲目を終った時には全員が拍手をしてくれた。身体の奥からゾクゾクっとするものを感じた。メッチャ気持ちのいい瞬間だった。 そして僕とキヨトの腫れた顔を見て、会場からこんな声が飛んできた。「えっらい男前な顔になってるやん!ケンカしたんかいなぁ~。もちろん勝ってきたんやろなぁ~」僕はスネアドラムを叩き、キヨトはギターを弾いてその声に返事をした。 そして最後の曲を終え、思った以上の盛り上がりの中ライブは終わった… 色々な事がありながらも、まぁいつもの事なのだが。僕たちの最初で最後のライブは、まぁ大成功って形で幕を閉じたのだった…めでたしめでたし……つづく written by ■読んで頂いたついでにワンクリックお願いします○┓ペコリ ★人気ブログランキング ☆ブログコミュニケーション