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悠久の唄 ~うたの聴けるブログ~

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2005年10月16日
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   3.中野ファミリー


 5月11日、ポートピアで落とした定期券と学生証が、郵送されて来た。
私は、生まれて初めて世の中の善意に触れ、感動を覚えた。
とても素敵な気分で部屋を出た。

 其の夜、香織に逢い、新宿で飲んだ後、飯野荘へ行った。
世樹子は、専門学校の友達の処へ泊まりに行って居ないと言う事だった。
布団を敷いて貰って、私は横になった。
「ねえ、柳沢君には未だ、私達の事云って無いんでしょ?」
「うん、云って無い。」
「ずっと云わない方が好いわよ。あなた達仲好いし…。」
「でも…、ずっと黙ってる訳には行かないさ。」
「そうかしら? 
私は平気よ。
彼と一緒に居る時だけ、演技すれば好いのよ。
あなたは隣に住んでるんだし、若し彼とあなたの関係が旨く行かなく成ったら…、私の所為でそんな風に成ったら、私…。」
「結局、君がモテるからいけないんだよな。
否、其の前に、君と柳沢が俺より先に知り合った事がいけない。」
「…でも、私と柳沢君が知り合いじゃ無かったら、あなたと私は巡り逢わなかったわよ。」
「其れは云えるな。
唯、一番大事なのは、俺と君が巡り逢った事さ。
だから君は何も心配しなくて好い。」
「有り難う…。
そうね…、あなたに逢えた事が一番大事なのよね…。」
「然し、東京に来て群馬の女の子と付き合う事に成るとは、予想もしなかったな。」
「あら、そう? 
群馬は関東だから不思議じゃ無いわ。
広島の男と付き合う事の方が、ずっと予想出来ないわよ。
あ、そうか…、東京の上品で綺麗な女の子と付き合える事を、期待してたのね。」
「そうだったかも知れない…。」
「悪かったわね。群馬で。」
「否、群馬は好い処だよ。
行った事無いけど…。」
「急度今から、東京の素敵な女性と沢山知り合いになれるわよ。」
「俺は高校までずっと広島だったから、こっちに来て、今までは遠く離れた場所で生活して居た人間と話をするのが、何か不思議で、とっても愉しいんだ。」
「ふうん…、云われると解る様な…。
じゃあ、私と喋ってる時も不思議?」
「ドキドキしてて、好く解らない…。」
「嘘よ。
そんな風には見えないわ。
私って魅力的じゃ無いもの…。」
「充分、魅力的さ。」
「本当…?」
私は彼女の方を見た。
薄暗い中で、彼女も此方を向いているのが判った。
彼女が云った。
「何が見える?」
「…愛が見える。」
「…眼が良いのね。
…でも、愛は見るものじゃ無くて、触れるものよ…。」
私はゆっくり、彼女の布団へ身体を遷した。

 「鉄兵、好い情報を持って来たぜ。」
部屋へ入って来るなり、柳沢が云った。
「何だよ?」
「此の直ぐ近くに、群馬出身の女の子が一人で住んでるんだってさ。」
「又群馬かよ。
お前の同県人だからって、直ぐにどうなるものでも無いだろう。」
「否、其の女の子は伊女の娘だそうだ。」
「ほお…。」
「更に、久保田の友達であるらしい。
…偶然とは恐ろしいだろう?」
「否、偶然とは素敵だ。」
「そうだ。俺達は此の偶然を、神に感謝しなければいけない。」
「どんな娘か聞いてるの?」
「今日大学で東高出身の奴に逢って、そいつに聞いたんだが…、『赤石房子』と言う名で、山野美容学校へ行ってるそうだ。」
「房子か…。
彼女は急度、葡萄の房の様に淑やかで可愛い娘に違い無い。」
「大丈夫。
俺達は神に祝福されている。」
「乳房の柔らかい娘でもあるに違い無い…。」
其の夜、私と柳沢は遅くまで作戦を練った。

 5月14日の夜、3人の女が三栄荘へ遣って来た。
彼女達は私と柳沢の部屋を覗いて、色々と批評を云った。
「何か、何も無い部屋ね。」
私の部屋を見て、香織が云った。
「そうね。でも綺麗にしてるのね。」
世樹子が云った。
「どうして? 
テレビも有るし、本棚もビニール・ロッカーも有る。」
私は反論した。
「其れだけしか無いじゃない。」
香織が云った。
「其れだけ有れば充分さ。」
「あなた学生でしょ? 
どうして机が無いの?」
「大学生と机は関係無いさ。」
「生活してるって感じが何処にも無いのよね。
鍋やフライパンや食器とかが無いからよ。」
世樹子が云った。
「だって台所が無いんだぜ。」
三栄荘は、部屋の中まで水道とガスが来ておらず、1階に共同の炊事場が有った。
「下にちゃんと有ったじゃない。
若しかして鉄兵君、全然自炊し無いの?
じゃあ全部外食?」
「俺、料理を作った事無いから、自炊出来ないんだよ。」
「俺は生活の匂いがしない部屋って、好いと思うな。」
柳沢が云った。
「カーテンもカーペットも有るし、押し入れの中には布団も有るんだぜ。
おまけに、もう直ぐ冷蔵庫だって購入する予定なんだ。
何も無い部屋だなんて、失礼だよな。」
私は云った。
「あなたは勉強も自炊もしないから、あなたの必要な物は此れで揃っているんだろうけど…、普通は、唯生きているだけで…、もっと、ごちゃごちゃと色んな物が有るのよ…。」

 沼袋駅を降りて踏み切りを渡ると、直ぐ右に「さだひろ」が在り、其処から道を左に折れて三栄荘へ向かう途中に、「ジュリアンヌ」と言う欧州風パブが在った。
其の店へ、私と柳沢は3人を連れて行った。
「赤石さんは美容師になるの?」
私は訊いた。
「ええ、まあね…。
自分で美容室を開きたいけど…、1年間で学校を卒業して、其れから見習いで何処かの美容室で働かせて貰って…、随分先の事だから、どうなるか分からない。」
赤石房子は、パーマの掛かった赤い髪をした化粧の濃い女だった。
「フー子の彼はねえ、群馬で板前の修行をしてるの。
其れで将来、彼が1階でお店をやって、2階でフー子が美容室をするのが夢なのよね。」
香織が云った。
「ええ! フー子ちゃん彼が居るの?」
私は云った。
「矢張り、神に見捨てられ始めてるな…。」
柳沢が云った。
「でも、彼は今群馬に居るんでしょ? 
じゃあ、淋しいね。」
「あなた、誘惑しようと考えてるのなら、無駄だと思うわよ。」
香織が云った。
「フー子ちゃん、彼に夢中なのよ。」
世樹子が云った。
「其れは誤解だ。
俺は唯、好きな彼と離れて暮らして居て、況して都会の夜に1人で居る時等は、淋しいだろうからと…。」
「淋しいだろうから、どうするの?」
香織が云った。
「是非、慰めて挙げたい…。」
「駄目よ鉄兵君、逢ったばっかりじゃない。」
世樹子が云った。
「だから誤解だと云ってるだろう。
フー子ちゃんも俺達も東京に出て来た許で、急度夜が切ないから、皆で慰め合おうって事さ。」
「偶然だけど、近くに住んでる同じ境遇の者同士が、折角こうして知り合ったんだからさ…。」
柳沢が云った。
「偶然ってさ、世の中で一番素敵な事だぜ。
だったら、いつまでも大事にしていたいじゃない…。」
「何が云いたいのよ。」
香織が云った。
「俺達でファミリーなサークルを作らないかい?」
柳沢が云った。
「面白そうね。」
世樹子が云った。
其の夜、5人は中野ファミリーの誕生を祝って乾杯した。

 5月15日は、初めての合コンの日であった。
私は、大学のクラスの仲間と「合コン愛好会」なるものを作っていた。
メンバーは5人で、其の中の1人である西沢が、高校時代の女友達と合同コンパの話を付けたのだった。
私の様な地方出身者は普通遣る方無いのだが、地元の男は救世主とも言える存在であった。
相手側は、大妻女子短期大学の1年生で、人数は此方と同じ5人だった。
原宿駅から表参道を歩き、明治通りを渡って暫く行くと左手に、ブティック等が入っている背の低いビルが在る。
其のビルの地下2階に、柳沢がバイトをしている喫茶店が在った。
割と広い其の喫茶店を貸し切って、第1回合同コンパは始まった。

 私は一番端に座り、私の正面にはニュートラが、横にはヨーロピアンの女が座って居た。
「此れで1人千円なんて信じられ無いわね。
お店に悪いんじゃないの?」
「酒は持ち込みだもの。
それに、友達が此処でバイトしてて顔が利くんだ。」
「こんな形でコンパすれば、安くて楽しめるわね。」
「でも、何処の店でも出来るって訳じゃ無いでしょ。」

 我々は「合コン愛好会」の結成に当たって、次の様な会則を決めた。
一、費用はワリカンで行う。
此方が奢らなければ来ない様な女は、相手にしない。
二、女の取り合いは避け、互いに助け合って好い雰囲気に持ち込む。
三、合コンで知り合った女とは、一度しかセックスをしない。
其の夜の中にホテルへ連れ込むのが理想である。
間違っても、合コンで知り合った女と交際を始めてはならない。
(次回からの合コンが、円滑に進行しなくなる為)
四、週に一度のペースで行う。
話を持って来る役はメンバーのローテーション。
又、其の者が幹事を務める。
五、気に入った女が居ない場合でも、他の者の為に、盛り上げる事に協力する。
六、セックスする事を最終目的とし、其れが達成された場合、成功と評価される。

 「ケンちゃんが交通事故で両手両足を失くしちゃって、毎日家から一歩も外に出れずに生活してたんだってさ。
でもケンちゃんは野球が大好きで、友達の皆がしているのを、いつも窓から眺めてたんだって。
ケンちゃんのお母さんは、そんなケンちゃんが可哀相で堪らなくて、一度だけでもケンちゃんに野球をさせてやりたいと思ったんだ。
或る日お母さんは、野球をしている子供達の処へ行って、ケンちゃんを仲間に入れて呉れる様頼んだんだってさ。
子供達は快くケンちゃんを入れて呉れたんだって。」
「良かったわね。」
「うん、ケンちゃんは大喜びさ。」
「でも両手両足が無くて、どうやって野球をしたの?」
「お母さんも其れが気になって、皆と仲好くやってるかどうか、こっそり様子を見に行ったんだって。
すると…。」
「どうだったの?」
「ケンちゃんはちゃんと、野球のホームベースになっていたんだってさ。」
ニュートラの女はよく笑った。
「或る日、お母さんは買い物に出掛けて、ケンちゃんが一人で留守番をしてたんだってさ。
ところがお母さんが帰ってみると、ケンちゃんの姿が何処にも無いんだ。
お母さんは吃驚して、家中を捜し廻ったんだって。
でも、見つから無かった。」
「外へ出ちゃったの?」
「否、ケンちゃんはちゃんと家に居たんだ。」
「何処に居たの?」
「トイレさ。」
「…?」
「ケンちゃんはトイレで、便器の蓋になってたんだ。」
「やだあ…!」
コンパの前半、我々は、「ジャブ」と呼んでいた兎に角女を笑わせて場を明るく盛り上げる事に、専念した。


                           〈三、中野ファミリー〉





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Last updated  2007年02月05日 14時06分20秒
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